業界内でのみ理解されている事項というものは存在する。最近知るに至ったこととして、医師も含め医薬品の業界では、特許保護期間が満了し様々な会社が販売する薬をジェネリック医薬品というのに対して、特許権で保護されていた薬がブランド品と呼ばれることがより一般的になってきている。ジェネリック医薬品は、薬の成分の一般名称と販売者名の組み合わせで呼称される一方で、ブランド品は、特許保護期間中はもちろん特許保護期間が満了しても継続して販売され、販売者が登録した商標が付されているので、当然のことではある。ただ、先にブランド品が存在し、それに倣った商品が出てくること、例えば立体商標として登録されたYチェアに対して(*1)、その形状を模倣して販売されている椅子が「ジェネリック製品」と呼ばれて販売されていることなどと比べると、逆の観点からの発想のように思える。
 こうした業界内の決まり事は、外からは知りえないことが多い。

 出版業界でも、もしかしたら同じようなことがあるのかもしれない。
 最近、幸いにして書籍を出版することができた。その際に、非常に不思議に思えることがあった。私が、引用として、公表されている先行研究や刊行等にある写真や図表を利用したことにつき、当該引用元を発行している出版社等に了解を個別に取り付けるというのである。
 以前にも書籍に論文を寄稿した際にはそういったことは一度もなかったが、それらのときは判決文や特許庁のデータベースからの引用だったので、必要はなかったのであろうということであった。しかも、文章の引用においては出版社等の了解を取り付ける必要はなく、写真や図表については引用であると判断したものであっても、出版業界でのルールとして引用元の出版社等の了解を取り付ける必要があり(新聞誌面が写っている写真の場合は、新聞社にも)、過去にはその了解を取り付けるために時間や費用交渉を要し、そのため自社書籍等の出版時期が遅れたことは何度もあったというのである。
 確かに、出版社に所属する者が、執筆者の文章に基づき図表等を作成し、文章とともに掲載することはあると思われ、その場合作成された図表は二次著作物になろう。しかし、引用の場合に権利行使できないことは変わりがない。また、仮に出版社に了解を取り付けるなら、当該図表のもとになった文章の執筆者の了解も取り付けないと整合性はなさそうである。
 出版社が著作権法に基づいて事業を行っているものであること、著作権法に基づいて事業を行うものであること、出版社が電子出版物に対して何ら権利を有さないことから新たに著作隣接権の創設を求める活動をした結果、最終的に電子出版物に対応する出版権を認める著作権法改正(2014年)がされたこととあわせて考えても、著作権法とは別に出版業界内部ルールが存在しているということに、やや驚きを覚えた。
 インターネットや電子書籍などはなく、出版社がすべてを抑えていたころの名残なのかもしれない。あるいは、業界の一部、例えば法学系の専門書に限ってのことなのか。はたまた、引用について、文章については引用と明確に判断できるが、写真や図表等となると判断しづらいといった事情なのか。
 いずれにしても、拙著を世に出せたことはありがたい限りである。

(*1) 知財高裁平成23年6月29日判決(平成22年(行ケ)10253, 10321号 Yチェア立体商標事件)

(知的財産法制研究所招聘研究員 足立 勝)