🔭コラム:2020年東京オリンピック開催都市契約が改めて提起する課題(足立 勝)

 

2013年9月、アルゼンチンブエノスアイレスで開催されていた国際オリンピック委員会(”IOC”)総会において、2020年夏季オリンピックの開催地が東京に決定した。その総会で、猪瀬東京都知事(当時)と竹田日本オリンピック委員会(“JOC”)会長が、ジャック・ロゲIOC会長(当時)と安倍首相ととも、2020年夏季オリンピックの開催都市契約を掲げている映像を記憶している方も多いことと思う。

その開催都市契約(Host City Contract, Games of the XXXII Olympiad in 2020 以下、「東京オリンピック開催都市契約」という)が、2017年5月9日に東京オリンピック・パラリンピック組織委員会のHP上で公開された[1]。

この契約には、オリンピックを招致した東京都及びJOCの責務などが定められている。現在、オリンピックに関する費用の負担をどうするのかの議論がメディアでされることが多いが、この開催都市契約には、知的財産・不正競争関係の定めとして、オリンピック・シンボル、エンブレム、マスコットの法的保護(第42条)に加えて、2013年9月のコラム[2]でも取り上げた「アンブッシュ・マーケティング規制」について、以下のとおり定められている(41条a)、49条c))[3]。

「開催都市、NOC、およびOCOG は、IOCに代わって、また、IOC の利益のために、これらの権利を保護する目的で、IOCが満足するかたちで適切な法律およびその他の保護対策(アンブッシュ・マーケティング対策を含む)が開催国にて整備されるようにするものとする。」(41条a))

「アンブッシュ・マーケティングの回避: 開催都市、NOC、およびOCOG は、オリンピック・スポンサー、放映権を持つ放送機関、その他の商業パートナーに付与された権利を保護することの重要性を理解し、このために、アンブッシュ・マーケティングまたはオリンピックもしくはその他本大会関連の財産権の不正使用を防止し、終了させる目的で、自身の費用負担で必要なあらゆる措置(アンブッシュ・マーケティング活動の防止に関するプログラムを策定および実施し、適切な場合には法的手段を取ることを含む)を講じることに同意する。さらに、開催都市、NOC、およびOCOG は、この件に関連する事項について、いかなる時にもIOC と協議し、協力するものとする。OCOG は、マーケティング計画契約、および『ブランド保護に関するテクニカルマニュアル』の条件に従い、IOC に詳細なアンブッシュ防止計画を提示し、それらに規定されている他のすべての条件を遵守するものとする」(49条c))

なお、開催都市とは東京都、NOC(National Olympic Committee)とは日本オリンピック委員会、OCOG(Organizing Committee of Olympic Games)は大会組織委員会を指す。そして、OCOGは、開催都市契約締結後5ヶ月以内に、開催都市とNOCが設立しなければならない[4]。

 

オリンピック開催都市契約は、開催候補都市には予め提示されており[5]、オリンピック開催都市に選定されたときには、開催都市契約を何の留保も修正もすることなく締結することが求められている。2020年オリンピックについての開催都市契約は、2013年9月のブエノスアイレスでのIOC総会で東京が開催都市に選ばれたときに、既に締結されている[6]。

 

この契約は、IOCと東京(開催都市)及びJOC(NOC)との間のものなので、国との間の契約ではないが、開催都市になるためには、開催都市契約の内容を認識しており、開催都市に選定された場合は、一切の留保や変更なく、開催都市契約をIOCと締結することについての確約(Undertaking)といったものを事前に提出する必要があるとともに、事前に様々な事項に関する政府保証を提出する必要がある[7]。

上述の東京オリンピック開催都市契約41条a)及び49条c)も、オリンピック招致の際に提出された政府保証に裏づけされたものである。具体的には、2020年オリンピックの開催都市になるために、以下のとおりアンブッシュ・マーケティング活動を防止及び処罰するための法律を遅くとも2018年1月1日までに成立させることを確認する政府機関の書面による保証が求められている[8]。

「アンブッシュ・マーケティング(例えば、オリンピック・スポンサーの競合会社が、不正な競争行為に関与すること)が起きないよう効果を有しかつ当該行為を処罰するために、並びにオリンピック競技大会の開会式の2週間前から閉会式までの期間、街頭での販売行為を撤廃し、許諾されていないチケットの販売行為を防止し、上空(上空で広告活動がされることがないよう確約する)だけでなく広告スペース(例えば、街頭広告、公共交通機関における広告など)を管理するために、必要な法をできるだけ早く、遅くとも2018年1月1日までに成立させることを確認する政府機関の書面による保証を、提出しなければならない[9]」

さらには、オリンピック憲章及び開催都市契約の履行、開催都市としての義務を完全に履行することについての政府保証の提出も求められる[10]。

また、IOCは、2020年オリンピックの開催候補都市についての評価レポートを2013年6月に公表しており[11]、東京招致委員会が2013年1月に提出したCandidature Fileらの書類に基づき「Candidature file及び保証は、IOCの要求事項につき、その要求を満たし、その内容を理解しているものである[12]」とするとともに、「東京が、開催都市としての義務を完全に果たすために、政府のすべてのレベルは、必要な対応をすることをコミットしている[13]」、「東京招致委員会によれば、アンブッシュ・マーケティングに対して、現行の法制度において、約2週間以内に差し止めることができる。東京招致委員会は、アンブッシュ・マーケティングについての有効で、即効性のある対応ができるように特別な方策が必要であるか検討することをコミットしている[14]」と評価している[15]。

 

では、アンブッシュ・マーケティングとは、どういった行為なのか? 東京オリンピック開催都市契約49条c)でも、「オリンピックもしくはその他本大会関連の財産権の不正使用」とは異なるものとして記載がされている。

IOCは、アンブッシュ・マーケティングについて、「オリンピック、オリンピックムーブメント、IOC、開催国のオリンピック委員会又はオリンピック組織委員会と、許諾なく又は不正に関連を発生させる(商業的なものであるか否かは問わない)個人又は組織による試み。それにより、オリンピックの公式パートナーの正当な契約上の権利を毀損する。」と定義している[16]。ここでポイントは、アンブッシュ・マーケティングとは、イベントの標章が使用された場合に、我が国でいう「商標・商品等表示としての使用(出所表示機能を果たす態様での使用)」に限定するものではなく、さらにイベントの標章を使用しているか否かは関係ないことにある[17]。

 

2000年以降のオリンピック開催国においては、民間国際機関であるIOCが主催するオリンピックのための「アンブッシュ・マーケティング規制法」が制定されている[18]。一方で、我が国において、上記のIOCが定義するアンブッシュ・マーケティングを規制する基礎となる素地は十分に存在していないと考えざるを得ない[19]。

そのなかで、2020年オリンピックの開催都市に立候補するにあたり、IOCから予め付された条件を日本政府も認識したうえで、東京は立候補し、その条件を遵守することをコミットし、開催都市として選定された。そして今、招致にあたって保証した事項及び東京オリンピック開催都市契約に定められた事項について、実行を求められる状態に到っていると思われる。さらには、2013年9月の開催都市決定のIOC総会、2016年夏季オリンピック閉会式に、安倍首相が自ら出席・登場していることは、IOCが求めている保証の確実な履行を改めて約束したことになるように思える[20]。

また、2016年オリンピックの開催都市がリオデジャネイロに決まった2009年10月に、ブラジルではオリンピック法((Law no. 12035 of 1 October 2009)が制定されている一方で、IOCからの強力な働きかけを受けて、リオ大会が直前に迫ってきた2016年5月11日に公布と同時に施行となったリオ・オリンピック法(Law no. 13284 of 10 May 2016)を定めて、アンブッシュ・マーケティング規制をより実効あるものにしている事例もあり[21]、2020年オリンピック直前まで法制化の動きは継続することも考えられる。

2020年東京オリンピックに向けてアンブッシュ・マーケティング規制法はどのように考えるのか、アンブッシュ・マーケティング規制法の基礎となる法の整備はどうするのか、法制定を進めるとしたらどのように進めるのかなど、課題が山積しているように思われる。事業者団体や事業者らがどのような態度を示すのかもあわせて、今後の動向が注目される[22]。

 (招聘研究員 足 立 勝)

[1] 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP(https://tokyo2020.jp/jp/news/notice/20170509-01.html 2017年5月27日確認)

[2] 足立勝「2020年東京オリンピック開催決定と知財法業界への新たな課題」早稲田大学知的財産法制度研究所(RCLIP)HP(2013年9月掲出)(http://rclip.jp/column_j/20130617-2/)

[3] 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会による日本語訳。

2010年開催のバンクーバーオリンピックの開催都市契約の49条c)、2012年開催のロンドンオリンピックの開催都市契約48条c)にも、同様の条項が確認できている。さらに、IOCが、自らのHP(https://www.olympic.org/all-about-the-candidature-process)で公開している2022年開催都市契約(Host City Contract、 XXIV Winter Games in 2022)でも、44条b及び49条dに、同様の条項が存在する(2017年6月10日確認)。

[4] 東京オリンピック開催都市契約2条

[5] 東京オリンピック・パラリンピック招致委員会「2016年オリンピック・パラリンピック招致活動報告書」332頁にも, 2016年オリンピック開催都市契約は3度に渡って事前に開催候補都市に提示されたことが明記されている。

2017年4月21日付東京新聞によると、2024年の夏季オリンピック開催の立候補を検討していたボストンが、HPに開催都市契約を公開していたとの情報がある。その後、ボストンは2015年7月に立候補を取りやめている。

[6] なお、2013年9月7日の開催都市契約締結時は、IOC、東京都(開催都市)、JOC (NOC)の3者契約であり、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(OCOG)が契約当事者に加わる旨の契約(Joinder Agreement)が締結されたのは2014年8月6日である。

[7]  足立勝「著名商標の保護についてーアンブッシュマーケティング規制の検討を中心に―」日大知財ジャーナル6号43-44頁(2013年3月)。

なお、開催候補都市が提出しなければならない書類やプロセスは、IOCのHP(https://www.olympic.org/all-about-the-candidature-process )より入手可能である(2017年6月10日確認)

[8]  2020 Candidature Procedure and Questionnaire (May, 2012) p115

なお、2012 Candidature Procedure and Questionnaire (May, 2004)p122, 2014 Candidature Procedure and Questionnaire (June, 2006)p123, 2016 Candidature Procedure and Questionnaire (June, 2006)p127, 2018 Candidature Procedure and Questionnaire (June 2010)p125, 2022 Candidature Procedure and Questionnaire (June, 2014)p77, Candidature Questionnaire Olympic Games 2024 (September, 2015)p59にも同様の要求が記載されており、それぞれオリンピック開催の2年前までに法制定することが求められている。

[9]  2020 Candidature Procedure and Questionnaire (May, 2012) p115

“Provide (a) written guarantee(s) from the relevant government authorities confirming that the legislation necessary to effectively reduce and sanction ambush marketing (e.g., preventing competitors of Olympic sponsors from engaging in unfair competition), and, during the period beginning two weeks before the Opening Ceremony to the Closing Ceremony of the Olympic Games eliminate street vending, prevent un-authorized ticket resale, control advertising space (e.g., billboards, advertising on public transport, etc.) as well as air space (to ensure no publicity is allowed in such airspace) will be passed as soon as possible but not later than 1 January 2018.”

[10] 2020 Candidature Procedure and Questionnaire (May, 2012) p77)

“Provide a covenant from all authorities concerned by your project of hosting the Olympic Games guaranteeing the following:

  • The respect of the provisions of the Olympic Charter and Host City Contract
  • The understanding and agreement that all commitments made are binding
  • Taking the necessary steps so that the city fulfils its obligations completely

Covenants must be obtained from the following authorities:

  • The government of your country
  • All local and regional authorities concerned by your project of hosting the Olympic Games”

なお、2012 Candidature Procedure and Questionnaire (May, 2004)p78, 2014 Candidature Procedure and Questionnaire (June, 2006)p78, 2016 Candidature Procedure and Questionnaire (June, 2006)p78, 2018 Candidature Procedure and Questionnaire (June 2010)p81, 2022 Candidature Procedure and Questionnaire (June, 2014)p76にも同様の要求が記載されている。

[11] Report of the IOC 2020 Evaluation Commission Games of the XXXII Olympiad (19 April, 2013) pp61, 65 (但し、公表は2013年6月)

[12] “The Candidature File and guarantees meet and demonstrate a good understanding of IOC requirements.”

[13] “All levels of government have committed to take the necessary measures to ensure that the City of Tokyo completely fulfils its obligations.”

[14] “Tokyo 2020 has advised that, under the current legal framework, an injunction against ambush marketing could be obtained within approximately two weeks. The Bid Committee has committed to further examine legislation to determine whether it would be necessary to implement special measures to enable effective, immediate action in response to ambush marketing.”

[15] 東京オリンピック開催都市契約7条には、「7. 保証、表明、声明およびその他のコミットメント 開催都市の申請書または立候補ファイルに含まれる保証、表明、声明、協定およびその他のコミットメント、さらに文書によるものであれ口頭によるものであれ、開催都市の申請書または立候補ファイルにおいてIOCに対しなされたその他の誓約およびコミットメント、または、開催都市の招致委員会(以下、「招致委員会」という)、開催都市、政府および/または、その国、地方もしくは地元当局またはNOCによるその他の誓約およびコミットメント(以下、総称して「立候補の誓約」という)は、すべて、別途IOCが文書で同意しない限り、本契約の第4条に従い、連帯して、開催都市、NOC、およびOCOGに対して有効であり、それらを拘束するものとする。IOC評価委員会報告書の記述も、連帯して、開催都市、NOC、およびOCOGを拘束する。」と定める。(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP(https://tokyo2020.jp/jp/news/notice/20170509-01.html 2017年5月27日確認))

なお、IOCが、自らのHP(https://www.olympic.org/all-about-the-candidature-process)で公開している2022年開催都市契約(Host City Contract、 XXIV Winter Games in 2022)の8条にも、同様の条項がある(2017年6月10日確認)。

[16] これは、2012年ロンドンオリンピック開催決定後の英国政府の書簡にて明らかにされている。英国Department for culture, media and sportによる2008年2月18日付け書簡”your request of 20 January for the London 2012 Olympics Host City Contract accompanying technical manuals (ref. 86405)”。

この書簡は、東京が2020年オリンピックの開催都市として立候補する前に(東京は、2012年2月にApplication Fileを、2013年1月にCandidature Fileを提出している)、明らかになっている。

[17] 東京オリンピック開催都市契約上には、アンブッシュ・マーケティングの定義は記載されていないが、IOCが、自らのHPで公開している2022年開催都市契約(Host City Contract、 XXIV Winter Games in 2022)の44条bに、以下のように定義している。IOCは、2020年以前のオリンピックに増して、アンブッシュ・マーケティング規制に力を入れていると理解することができる。

“’Ambush Marketing’ shall be interpreted as including all intentional and unintentional attempts to create a false or unauthorized commercial association (whether direct or indirect) with the Olympic Movement or the Olympic Games, in particular any third party’s use of creative means to generate a false association with the Olympic Games, to infringe upon the laws protecting the use of Olympic image and/or to interfere with the legitimate marketing activities of Olympic sponsors/suppliers/licensees”

なお、アンブッシュ・マーケティングのターゲットは、イベントが多いことは間違いがないが、イベントに限定されるものではなく、周知・著名なブランドがターゲットになることを理解しておく必要がある。

[18] 各国の法の概要は、足立勝『アンブッシュ・マーケティング規制法 著名商標の顧客誘引力を利用する行為の規制』(創耕社 2016)21-33頁参照

なお、民間機関が、自らの事業、ブランドを守るために、法制定を要求して、各国で実現してきていることは、ブランド・マネジメントの手法としても興味深い。

[19] 前掲注18)120-139頁

[20] 今治市における獣医学部新設の件で、メディアでよく引用した「官邸の最高レベルが言っている」と省庁内で伝聞されていたという次元ではなく、まさに日本国政府の代表がIOCに態度で示していることになる。

[21] 詳細は、足立勝「2020年東京オリンピックとアンブッシュ・マーケティング規制」知財管理66巻11号1381-1395頁(2016年)1386-1387頁参照。

[22] アンブッシュ・マーケティング規制の具体的な例、各国における規制の概要、IOCなどイベント主催者が規制を要求する背景や各国が法制定をしている根拠などは、足立勝『アンブッシュ・マーケティング規制法 著名商標の顧客誘引力を利用する行為の規制』(創耕社 2016)を参照のこと。同書では、2020年東京オリンピックに向け、アンブッシュ・マーケティング規制はどうあるべきかをについても検討し、提案している。

あわせて、足立勝「2020年東京オリンピックとアンブッシュ・マーケティング規制」知財管理66巻11号1381-1395頁(2016年)も参照されたい。

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