🔭コラム:機械学習パラダイス(上野達弘)

最近、外国で講演する機会が多い。2011年にドイツ留学を終えて以降、いろいろと引き受けているうちに招かれることが増え、今年の予定はすでに5回(ミュンヘン、ジュネーブ、メルボルン、北京、ソウル)を超えている。

AIと知財

テーマは様々だが、最近多いのがAI(人工知能)をめぐる知財問題。2016年11月にはソウルで開かれたSeoul Copyright Forumでこれについて話したのをはじめ、また2017年8月にはメルボルンで開かれた国際人工知能会議(IJCAI)でもこれを取り上げた。このテーマが外国で注目されやすいのは、内閣府・知的財産戦略本部における検討など、日本で盛んな議論が展開されていることにもよるが、実はもう一つ大きな理由がある。それが、著作権法47条の7だ。

著作権法47条の7という規定

この規定――外国だと“Article 47septies”となって言いにくいのだが――は、コンピュータで「情報解析」を行う際に著作物をコピーしても著作権侵害にならないとするものだ。今から8年前の2009年に設けられたこの規定が、今になって(思いもよらず)AIの発展に欠かせない機械学習に活用できそうなのだ。

例を挙げよう。宮崎駿監督のジブリ映画の特徴を解析して、同監督のスタイルで新しい映画を生成するAIを開発するために、同監督の映画すべてをコンピュータに入力したとする。これは他人の著作物を無断で複製したということになるが、この規定によって適法となる。また、鳥山明氏の画風を解析して、同氏のスタイルで新しい漫画を生成するAIを開発するために、同氏の漫画作品すべてをコンピュータに入力することも、この規定により適法となるのだ。

諸外国の規定

同じような規定は、外国にもないわけではない。例えば、イギリスにも2014年に設けられた情報解析(text and data analysis)に関する権利制限規定があるが(29A条)、この規定は、情報解析が「非商業的な目的による調査を唯一の目的として」(for the sole purpose of research for a non-commercial purpose)行われることを条件としている。情報解析を行った結果の商業利用は可能でも、解析自体を営利企業が行うことが許されないというのは、やはり厳しい。

また、2016年9月14日に公表された欧州指令案(2016/0280 (COD))にも、情報解析(Text and data mining)に関する権利制限規定が設けられているが(3条)、これも情報解析を研究機関(research organisations)が科学研究(scientific research)目的で行うことを条件としている。

さらに、ドイツでも、2017年2月1日以降に公表されている著作権法改正法案に、情報解析(Text und Data Mining)に関する権利制限規定が見られるが(60d条)、これも情報解析が学術研究のために(für die wissenschaftliche Forschung)、かつ営利を目的とせずに行われること(nur nicht-kommerzielle Zwecke)を条件としている。

機械学習パラダイスとしての日本

一方、日本法の規定にはそうした条件が、一切ない。そのため日本では、情報解析を企業が営利目的で行っても問題ないということになるのだ。これは、機械学習の促進やAI開発の発展にとってはグッドニュースに違いない。

しかし、いくら情報解析のためとはいえ、他人の著作物を営利目的でコンピュータに入力することが日本では自由だ、という話をすると、外国では驚かれることもある。私がメルボルンで講演した時も、半信半疑の表情を浮かべる聴衆(もっぱら理科系)からこんな質問を受けた。

Q 日本の法律では機械学習が自由だというが、ディズニーなど、外国人の作品も対象になるのか?

A はい。情報解析を日本で行う限り、どの国の誰の作品でもOKなんです。

Q いくら日本法にそういう規定があっても、国際条約や国際法の違反にならないのか?

A 著作権に関する国際条約はあるんですが、著作権を制限する規定は、スリーステップテストと呼ばれるものに反しない限り各国が定められるので、問題ないんです。

Q 日本の法律がそうだとしても、それは日本企業以外にも適用されるのか?

A はい。解析を日本で行うのであれば、外国企業でもOKなんです。

こんな具合だ。そして、私はこう締めくくる。

――― 日本は“機械学習パラダイス”なんですよ。機械学習やAI開発をするなら、みなさん日本へ来て下さい。

日本の著作権法で、こんな自慢めいた話ができる規定は滅多にない。日本では、法改正の審議過程で慎重に意見調整が繰り返された末、細かくて小さい規定になりがちだからだ。

さらなるパラダイスへ

もちろん、軽々に“自慢”などしていると、外国でも権利者に近い立場から批判を受けることもある。2017年4月にジュネーブのWIPO(世界知的所有権機関)で話した時だっただろうか、例えば、ディズニー映画の特徴を解析してディズニー風の新しい映画を生成できるAIを開発するために、すべてのディズニー映画をコンピュータに入力するなら、ディズニー社の許諾を得てやるべきではないか、というのだ。

これはこれで一理あるのかも知れない。だが、日本ではむしろ逆の方向に議論が進んでいる。つまり、著作権法47条の7をさらに拡大しようとしているのだ。

いわゆる「柔軟な権利制限規定」を検討してきた文化審議会著作権分科会も、2017年4月の報告書で、情報解析に伴う著作物のコピーは、「著作物の表現の知覚を伴わない利用行為」であり、「著作物の本来的利用には該当せず、権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型」(「第1層」と呼ばれる)に当たるとして、柔軟性の高い規定によって権利制限すべきとする方向性をまとめている(41頁以下)。これに沿って、著作権法47条の7は、さらに多様な機械学習を展開しやすくするように改正される予定であり、まもなく開かれるはずの臨時国会で実現する見込みだ。

こうして日本は、さらなる機械学習パラダイスになるのかも知れない。蒸し暑い気候や、都会の通勤ラッシュ、集団主義的な人間関係など、生活にとって日本がパラダイスと言えるかどうかは分からないが、外国講演でのネタにはしばらく困らなそうだ。

上野達弘(早稲田大学法学学術院・教授)

[参照]上野達弘「人工知能と機械学習をめぐる著作権法上の課題」『知的財産紛争の最前線(3)』L&T別冊(民事法研究会、2017年)56頁