先月のコラムでも少し触れられているが、先ごろ、いわゆる自炊代行に関する東京地裁判決(*1)が出された。本判決に関しては、今後種々の評釈が出されるであろうし、先日の情報ネットワーク法学会においても分科会のテーマでとりあげられた(*2)。本稿では、周辺の問題についてメモ程度のものを書き連ねてみたい。

1.町のコピー屋さんはどうなる?
 学生時代、筆者は、大学の周辺によくある10円コピー屋さんに随分と世話になった(*3)。これは早稲田の周辺だけかもしれないが、時間が無い時は、自分でコピーするのではなく、「店にコピーを頼む」こともできた。本判決の射程はこのようなサービスに及ぶのだろうか。最近のコピー機は、スキャナー機能も付いているから、「スキャンを頼む」こともありそうな気がする。こうなってくると、ますます自炊代行に近づく気がする(*4)。もっとも、町のコピー屋さんをやっているおじいちゃん・おばあちゃんは、自炊代行の判決を知りもしないだろうけれど。
2.機器納入業者はどうなる?
 9月30日判決では、「本件における複製は、書籍を電子ファイル化するという点に特色があり、電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為というべきであるところ、その枢要な行為をしているのは、法人被告ら【自炊代行業者のこと】で、あって、利用者ではない。」とされている。電子ファイル化を重視しているわけであるが、そうすると、電子ファイル化するためのスキャナーを納入している業者は責任を問われないのだろうか。
 振り返ってみれば、いわゆるカラオケリース事件判決(最判平成13年3月2日民集55巻2号185頁)では、カラオケ装置のリース業者に「相手方【リース先】が…著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負うものと解するのが相当である」としていたわけである。もちろん、スキャナーの場合、カラオケ装置のリースとは異なるけれども、相手が自炊代行業者と分かっていながらスキャナーを販売なりリースなりしたらどうなるか、というのは、気になる点である(試験問題作成のネタとしてストック中)。
3.自炊代行を頼んだユーザーはどうなる?
 自炊代行業が複製権侵害になるとすると、それを依頼したユーザーは、複製権侵害の教唆等にならないのだろうか。この種の問題は、刑法でよく論じられている。典型的には、こういう例である。甲が自殺を図り、乙に自分(=甲)を殺してくれるように依頼し、乙は甲に対して殺害行為を行ったが、甲は死にきれなかった。この場合、乙に、嘱託殺人未遂罪(刑法202条後段・203条)が成立するのは明らかであるが、甲は、嘱託殺人未遂罪の教唆(刑法61条1項)となるのだろうか。
 甲は、自ら自殺すれば不可罰なのに(「自殺未遂罪」は存在しない)、乙に依頼すると嘱託殺人未遂罪の教唆になるのは違和感もあるが、これを肯定する見解もある(*5)
 翻って自炊代行の場合、ユーザーが侵害している(とされた)のは、著作権者という別人の法益なので、複製権侵害罪の教唆となるのは違和感が無いようにも思われる。とはいえ、ユーザー自ら行えば適法なのに業者に依頼すると違法になるのは奇異といえなくもない。この点は、私的複製が何故適法なのかという根拠論とも関連し、筆者の能力を完全に超えてしまうので、これくらいにとどめておく。

 以上、色々書き連ねたが、自炊代行訴訟自体、世間に問題提起をするための訴訟である(と筆者は理解している)から、本コラムは杞憂であるはずである。

(RC 桑原 俊)

(*1) 東京地判平成25年9月30日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=83598&hanreiKbn=07
東京地判平成25年10月30日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=83724&hanreiKbn=07
(*2) 第5分科会「デジタル出版権と自炊判決~出版物のデジタル化を巡って」
http://in-law.jp/taikai/2013/index.html
(*3) 10円コピーといいつつ、大量に頼むと5.5円でやってくれたりする。
(*4) 本が裁断されるかされないか、という違いは大きいのかもしれないが…。
(*5) 共犯の処罰根拠に関する修正惹起説。