昨年末、RCLIPメンバーは恒例の成田山新勝寺参りに出かけたが、私は北京出張で間に合わなかった。しかし、その後メンバーと空港近くのホテルで合流し、ホテルに備わっている温泉を楽しんだ。暖かい温泉やメンバーとのビール付きの団欒は、私の一年分の疲れを癒してくれた。
楽しい時間はいつも短く感じるものだ。日暮里で解散したためメンバーが帰宅する頃、私はまだ一人長い帰路を行かねばならない。豊橋の自宅へ向かう新幹線の約一時間半は、その日なぜか長く感じた。その間ずっと、東京の懐かしさが私に問いかけていたのだ。
五年間の東京留学生活を終え、なぜ豊橋に就職したのかと…

2015年の秋、早稲田大学大学院博士課程を修了後、愛知県にある豊橋技術科学大学総合教育院(知財・法学分野)の教員になった。豊橋技術科学大学は、学部生・院生合わせて2000人程度で小規模な国立工科大学であるため、工学部の学生に向けて正式に知財・法学シリーズの講義を設けたのはつい昨年のことである。そこで現在私が担当しているのは、知的財産法(前期)、国際知的財産法(後期)、技術戦略と知的財産法(後期)のほか、民法(前期)、法学(前期)と中国語(通年)も加わった計六つの科目だ。
新幹線は速い。東京を出たら、あっという間に真っ暗闇に囲まれ、窓から景色は消えガラスに映った自分の姿しか見えなくなった。自分の姿を見ながら頭に浮かんでくるのはやはり、この人はなぜ豊橋にいくのか、そこで何をしようとしているのか、ということばかりだった。院生から教員になったとき、知財教育に携わる一人として自分はこれからどのような人材になるべきか、そして知財教育をどう受け止めていくべきかをじっくりと考えるようになったのだ。

まず、法学部のない工科大学で知財を教えるのに価値があるのか。そもそも、特許を始めとする知的財産そのものは法学者のものではなく、まさに技術者を始めとする個々の知的財産創造者のものである。技術者の卵である工学部の学生にとっては、技術だけではなく如何にその技術を権利化し権利化した技術を活用できるかが重要になるため、次の技術開発に繋げるためには知財の知識の習得は避けて通れないと考える。そのため、工学部生にとっての知財知識の重要性は、法学部生より高いといっても過言ではない。よって工科大学で知財を教えることは、やりがいのあることだと感じる。
では、知財をどうやって教えていくのか。工学部生への知財教育における私の心得は三つある。
その一つ目は、基礎権利法知識の強化を通じて、学生の「権利保護意識と能力」を高めることである。法学部生の場合では、入学時から憲法や民法といった基本的権利に関わる法の勉強を始め、二年生あるいは三年生で知的財産法を勉強する時までには「権利保護意識」というものが充分備わっている。しかし、工学部生は将来法曹に進むのではなく、そのほとんどはプロの技術者を目指しているため、法学部生の持つ権利保護意識が不十分であることが多い。一方、現代はグローバル情報社会であり、またビッグデータ時代に突入しているため、情報漏洩や新型の特許権侵害など知財保護問題が深刻になっている。そのため、たとえ技術者であっても単に技術力のみ身につければ済む時代は終わったと言え、知財そのものに対する権利保護意識は、技術者や技術会社の生存に係る重要な問題になってくるのだ。

その二つ目は、明細書作成の演習などを通じて、学生の「権利取得意識と能力」を高めることである。工学部生にとっては、身につけた技術を生かしてイノベーションを生み出し、如何にして新たな知的財産を創造するかということが重要である。技術を権利化することは、研究開発の成果を社会の要請に応じた産業成果として実現し、正当な成果利用を促進するために個々の技術者に深く関わるものである。

その三つ目は、ライセンス契約や紛争処理等に関する問題にも重点を置き、学生の「権利活用意識と能力」を高めることである。権利活用とは、取得した権利を用いてクロスライセンス、ライセンス交渉、技術移転等を行って収益を上げ、得られた収益を用いて次の新たな研究開発、投資に使用することによって、さらに権利の拡大につながり事業を展開していくことである。よって、言うまでもなく、権利活用の意識と能力の養成は競争を勝ち抜く技術者を育てるのには必要不可欠なのである。
そう思えば、私は工学部出身であることもあり、豊橋の工学部生のための知財教育にその責任の重さやその仕事のやりがいを体で感じられる。今後もさらに工学部生に相応しい、自分なりの教え方を地道に探し求め続けていきたいと思った。
光陰矢のごとし、豊橋へ行ってから今年で既に三年目となった。当初の自分に比べ、一年間の講義を通じて教えることにだいぶ慣れつつある。その反面、「豊橋を慣れたら生活が寂しくないの?」と自問した。東京と比べれば豊橋は静かな田舎なので、確かに寂しく感じるときもある。しかし、静かな田舎であるからこそ、都市の混迷から抜けて心を落ち着かせ、冷静に人生を考えることで、遠く広く見えるようになる。まさに中国の諺「寧静致遠」の文言通りである。

そんなことを考えていると、豊橋に着いていた。新幹線を降り、駅前の商店街を歩いていると美しい曲が耳に流れてきた。
「……
人生は紙飛行機 願い乗せて飛んでいくよ
風の中を力の限り ただ進むだけ
その距離を競うより
どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番大切なんだ
……」[1]

私は、2017年も、豊橋で初心を守って少しずつ地道に先へ進むように飛んでいく。
貴方は?この新しい2017年、どこをどう飛んでいくのだろうか。
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[1] 歌詞出所:AKB48『365日の紙飛行機』(作詞:秋元康、作曲:角野寿和・青葉紘季、編曲:清水哲平)

(知的財産法制研究所招聘研究員 蔡 万里)