会議における噴嚔[i]の記録の在り方に関する一事例

~英国議会における運用実務からの示唆~

会議をすれば発言者がくしゃみをすることもあるでしょう。そんなとき,会議録(速記録)ではどのように記載するでしょうか。日本ですと,くしゃみはスルーするのでしょうが,くしゃみをした人をみるとBless you!など気の利いた気遣いをしてスルーできないイギリスのような国では,記録に残さざるを得ないこともあるようです。

外国法の調査研究をする場合,必要に応じて,それぞれの国の議会資料にも触れることがあります。筆者はイギリスの著作権法を調査することがあるので,それとの関係で,イギリスの議会資料を読むこともあります(たまにですが)。2012年頃は,イギリスのロンドンに在外研究におりましたが,以前から関心をもっていた拡大集中許諾制度(ECL)などをイギリス著作権法に導入すること等を内容とした企業・規制改革法案(ERR法案)が審議の対象になっているところでした。そのことが下院に設置された委員会(企業・規制改革公法律案委員会)[ii]で審議されていたので,その委員会会議録になんとなく目を通していました。そこで当時,目にとまったのが,2012年7月17日の以下の記述でした。

2012年7月17日(火)午後2時40分頃 下院・企業規制改革公法律案委員会[iii]

マーク・プリスク大臣(ビジネス・イノベーション・技能省):はくしょん!(Atishoo!)

ノーマン・ラム(自由民主党):お大事に(Bless you)。ずいぶん長いこと同席をしていましたので,みんなお互いに風邪をうつしてしまいましたね。

 拡大集中許諾制度は,適格のある集中管理団体が「オプトアウト」ベースの非排他的ライセンスを提供することを申請することを認めることになるのだと思われます。<以下略>

イギリスの国会の議事録(下院の委員会議事録)は,くしゃみの擬音(はくしょん=Atishoo)まで再現するほど正確なんだなと,たいへん興味をもったのですが,他の期日の議事録も読み返してみると,実は委員のした「くしゃみ」まで議事録に残るのは,イギリス議会でも珍しいことのようでした。

この一連の出来事ですが,まず,7月10日(火)午前11時頃に最初のくしゃみが起こったようです。

2012年7月10日(火)午前11時頃 下院・企業規制改革公法律案委員会[iv]

クリス・ラエイン(労働党):はくしょん!

ノーマン・ラム(自由民主党:ビジネス・イノベーション・技能省政務次官):お大事に。ああびっくりした。

つぎのくしゃみは,2日後の朝9時半頃。

2012年7月12日(木)午前9時半頃 下院・企業規制改革公法律案委員会[v]

クリス・ラエイン(労働党:Vale of Clwyd選挙区):はくしょん!

マーク・プリスク大臣(ビジネス・イノベーション・技能省):何かただごとではないことがここで起こっておりますね。

このようなことが続いたため,12日(木)の午後になって,いよいよ『ハンサード』(Hansard)の会議録との関係が委員会のなかで話題になったようです。

2012年7月12日(木)午後1時半頃 下院・企業規制改革公法律案委員会[vi]

ノーマン・ラム(自由民主党):提案されている新たな規定に着手する前に,縁の下の力持ちであるハンサードには敬意を表します。私たちは『ハンサード』の仕事についてよく話をすることがあるし,今日の午後もOpposition Committeeの議員がその内容に何度も言及してきました。ハンサードの正確さに対する評判は半端ではありません。この火曜日に,私とVale of Clwyd選挙区の委員(訳注:10日午前11時頃にくしゃみをしたクリス・ラエイン議員のこと)との間の大切なやりとりを正確に記録していました。私は,競争に関する重要な課題について話していましたが,その紳士については,「はくしょん!」という言葉とともに邪魔に入ったことが記録に残されました。私はこれまでに文書としてそのような記録を見たことはなかったと思います。そのときの私の応答は次のようなものでした。

 「お大事に。ああびっくりした。」(Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 10 July 2012; c. 501.)

この発言が後世に残されるわけです。

 

イアン・ライト(労働党):それについてですが,それが今このとき『ハンサード』に改めて記録されたこと,また,我々ができるだけ効率性を高めようとしていることを考えると,大臣は今のことが労力の無駄であると思わないですか?

 先に出てしまいましたが,『ハンサード』(Hansard)は,イギリス議会の「本会議録」なのですが,本会議の会議録だけでなく,下院に設置される公法律案委員会を含む一般委員会の会議録も,Parliamentary Debates : Official Reportsとして刊行されています[vii]

各国の会議録における会議状況の記載について紹介している先行文献によると,「イギリスのハンサードは,原則として会議状況を記載しない。拍手とか笑い声のような会議状況は,発言者が発言中に直接それを取り上げた場合に限って挿入する」とのことです[viii]

筆者の読んでいた2012年の委員会会議録における一連のくしゃみ関連発言は,委員が議論をしている相手方に生じたくしゃみを取り上げた結果として議事録に残されているので,まさにそのような状況(発言者が発言中に直接それを取り上げた場合)であったのかと推察します。確かに,会議録をみていくと,他の部分では,会議状況としての「くしゃみ」の部分には[Interruption(中断)]との記載があるのみで,その後にBless youという発言が残っているだけです。

なお,この一連の出来事について,委員会の委員も少し悪のりしているようで,議長がけん制する場面もありました。おそらく,議長が「オーダー」という発言する前に,会議場がややざわついたのだと推察します。

2012年7月17日(火)午後2時15分頃 下院・企業規制改革公法律案委員会[ix]

ノーマン・ラム(自由民主党):<中略>私が述べたように―[Interruption]お大事に。

クリス・ラエイン(労働党):平等と公正のために,今の「はくしょん!」も同じようにハンサードに記録されるべきであることに賛成していただけますか?

ノーマン・ラム(自由民主党):たぶんそうすべきでしょう。

議長:静粛に(Order)。おそらく発言が『ハンサード』に記録されるのは委員だけであると思います。どこかで線引きをしなければなりません。

そして,この委員会での最後のくしゃみは,おそらく次のものだと思われます。

2012年7月17日(火)午後2時45分頃 下院・企業規制改革公法律案委員会[x]

イアン・マレー(労働党):はくしょん!

ノーマン・ラム(自由民主党):あれまあ,至る所でくしゃみが。

英国大学協会は,最近のコンサルテーションに対する応答のなかで,ECLは「デジタル時代に著作権を合わせるための重要な改革の一部」であると述べておりました。<以下略>

 くしゃみのことはさておき,筆者がこれらの会議録を読んでいたのは,拡大集中許諾制度についてどのように議論が進んでいたかを見るためでした。イギリスでは,この後,最終的には2014年に拡大集中許諾制度を導入するに至りました。運用開始後,しばらく,申請団体はありませんでしたが,2017年12月5日にイギリスのCLA(Copyright Licensing Agency)が同制度の運用団体となることを申請しました[xi]。ところが,CLAは,いったんこの申請を取り下げたということを,2018年4月30日に公表しています[xii]。CLAの発表によれば,拡大集中許諾制度は,イギリスでも初めての制度なので,適切なタイミングで運用をはじめることが大切であると考えたとのことでした。

さて,くしゃみと拡大集中許諾とは実際のところ何の関係もなく,どのように頭をひねってもこの二つを結び付けるような気の利いた落ちが全く見当たらないために,はしきれのようなかたちになりますが,このコラムと称した駄文はここで終わりにしたいと思います。

お目汚しにしかならないコラムを最後まで読んで頂きまして,ありがとうございました。これから寒くなりますが,風邪を引いてくしゃみなどされないように,くれぐれもご自愛ください。

(今村哲也)

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[i] ふんてい,と読み,くしゃみを意味するそうです。

[ii] Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee.

[iii] Hansard, Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 17 July 2012; c. 712.

[iv] Hansard, Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 10 July 2012; c. 501.

[v] Hansard, Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 10 July 2012; c. 570.

[vi] Hansard, Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 12 July 2012; c. 597.

[vii] イギリス議会の会議録については,国立国会図書館「イギリス-議会/UK Parliament」(2018年8月1日更新),https://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/UK-Parliament.php(2018/10/24アクセス)

[viii] 前田英昭「憲法第57条にいう国会の「会議録」について」駒澤大學法學部研究紀要47号(1989年3月)94頁。この前田論文では,フランスとドイツの会議状況の記載についても紹介しており大変面白いのですが,ドイツについては,たとえば「拍手」に関する会議録の記載として,単なる「拍手」も場合もあれば,「盛んな拍手」,「嵐のような拍手」,「示威的な拍手」と記載されることもあるそうで,「鳴り止まぬ」とか「長く鳴り止まぬ」といった形容詞が付け加えられることもあるとのことでした。長く鳴り止まぬ示威的な拍手など,その光景がモノクロ映像とともに目に浮かぶようですが,時代性もあるかとは思いますので,現在どうなっているのかは興味があるところです。

[ix] Hansard, Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 17 July 2012; c. 699.

[x] Official Report, Enterprise and Regulatory Reform Public Bill Committee, 17 July 2012; c. 713.

[xi] Intellectual Property Office, Consultation on an application to operate an ECL scheme, 5 December 2017, https://www.gov.uk/government/news/consultation-on-an-application-to-operate-an-ecl-scheme (2018/10/24アクセス)

[xii] Copyright Licensing Agency, CLA’S APPLICATION FOR EXTENDED COLLECTIVE LICENSING: UPDATE, 30th April 2018, https://www.cla.co.uk/news/application-extended-collective-licensing-update (2018/10/24アクセス)