今年最も注目を浴びた著作物と言えば、覆面ストリートア-ティストであるバンクシー(Banksy)の「風船と少女(Girl with Balloon)」ではないでしょうか。サザビーズのオークション会場で、落札されると同時に額縁に仕掛けられたシュレッダーで絵が細断されていく様は、衝撃的な映像として全世界に流されました。
 バンクシーによるオークション制度への皮肉を体現したものであるとか、オークションハウスの協力なしに実行することは可能とは思えないので共謀ではないかとか、YouTubeで公開された仕込み映像で使われているシュレッダーだとカンバスをあのように切り裂くのは難しく予め仕込まれた細断されたものが引き出されたトリックであるとか、様々な意見が飛び交っていて、バンクシー自身も種明かしの動画を公開したのみで、その意図を明かしてはいないため、真相は確定していません。
 バンクシーの意図はともかくとして、実際に著作者が自己の作品の所有権を手放した後に、その作品を破壊すれば、当然その作品の所有者が有する所有権の侵害となります。著作者であるという地位が、他者の所有権の侵害に対して何らかの免責事由になるという規定も存在しないので、著作者はオークションで落札するなどしてその作品の所有権を取戻したうえで破壊する他はないでしょう。
 それでは、著作者が作品を発表した後にその作品を葬り去りたいという欲求を満たす方法はないのでしょうか。
 思い至るのは、著作権法84条にある出版権の廃絶請求です。この規定は、著作者が複製権等を手放していないことを条件に、著作物の「内容が自己の確信に適合しなくなったとき」に、出版権の存続期間内であっても出版権を消滅させて、自己の著作物を出版しないようにすることができるもので、著作者人格権の一つの表れとされています。
 ただし、この規定もあくまでも複製権者等の立場において設定した出版権を消滅させ、これ以上の著作物の複製物による公衆への提供・提示を防ぐだけであって、著作物そのものをなかった状態にすることができるわけではありません。すでに他者の手に渡ってしまった複製物を取り戻したり、廃棄を請求したりすることはできないわけですし、当該著作物を出版したという事実自体を消すことはできません。
 つまりは、一度発表してしまった作品は、たとえ著作者といえどもなかったこととする方法はなく、著作者はその作品を創作した著作者であるという立場を有することで、その作品に対する批評を受ける責任を、作品が消滅した後もずっと負い続けることになるわけです。
 通常、著作者はいかに自己の作品を発表するかとか、どのように永続的に維持・保管していくかということに腐心するものですが、バンクシーのようなストリートアートの場合は、そもそも他人の所有物である壁などに表現することもあり、塗りつぶされて発表後に消滅してしまう可能性も念頭に置いた上での表現活動と言えます。そうすると、作品を生み出すだけでなく、その消滅の仕方までが芸術活動と言えるかもしれません。
 なお、「風船と少女」は、下半分が細断されたにとどまったこともあり、落札者との間で落札額通りの売買成立が合意されたそうで、史上初のオークション最中に生で制作された作品であるとして、別作品として公開されています(*)。

 <RC 平山太郎>