🔭環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)締結に伴う商標法改正による商標の同一について(安原 正義)

1.TPP協定締結に伴う商標法改正
 TPP協定締結に伴う商標法改正により、法定損害賠償制度が導入された。商標法38条4項では、以下規定する。

 「商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その侵害が指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。第50条において同じ。)の使用によるものであるときは、その商標権の取得及び維持に通常要する費用に相当する額を、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額とすることができる。」(商標法38条4項)。

2.商標の同一についての問題点の所在
(1)商標法38条4項括弧書きでは、商標権侵害(商標法38条)の場合と不使用取り消し審判(商標法50条)の場合とも、登録商標の同一の範囲は同じである旨規定される。

(2)従来、商標権侵害では類似で判断すれば足るため、同一乃至同一性について敢えて判断する必要は無かった(商標法25条、同37条1号)。
 旧法下では、商標権侵害における商標の同一性の判断基準として出所表示機能を指摘する見解があった。(1)

(3)商標の使用に関し、改正前は、実務上商標法50条の使用は商標権侵害における使用に比し緩やかに扱われていた。(2)
 更に、商標法50条の使用は、商標の本質的機能を果たす態様の使用に限定しなければならない理由はないとする見解もある。(3) (4) (5) (6) (7)
 商標的使用の判断要素の一つと思われる、登録商標と同一乃至同一性について、商標権侵害の場合と不使用取り消し審判の場合とも共通に解釈する妥当性が問題となる。
 商標法38条4項括弧書きでは、商標権侵害(商標法38条)の場合と不使用取り消し審判(商標法50条)場合とも、登録商標の同一の範囲は同じである旨規定されるが、登録商標の同一の範囲は、商標権侵害の場合と不使用取り消し審判の場合で果たして同じと考えて良いのか、不使用取り消し審判の場合は、商標の使用についての判決と同様商標権侵害の場合よりゆるやか考えるのかが問題となる。

3.立法実務担当者の見解
 立法者は、商標法38条4項括弧書きでは、商標権侵害の場合(商標法38条)も不使用取り消し審判(商標法50条)も、登録商標の同一の範囲は同じに考えているものと思われる。その根拠の一つは、「環太平洋パートナーシップ協定第18.76条第1項注(a)」にあるのではないかと思われる。(8) (9)
 しかし、環太平洋パートナーシップ協定第18.76条第1項注(a)からは、商標権侵害(商標法38条)の場合も不使用取り消し審判(商標法50条)の場合も、登録商標の同一の範囲は同じに考えなければならないことまでは、導かれないように思われる。

 商標権侵害の場合と、不使用取り消し審判の場合とについて、関係する商標の機能も共通しているのか、商標の機能にまで遡って考える必要があるように思われる。

4.欧州商標法での商標の同一についての判断
 欧州商標法での登録商標の専用権の範囲における商標権侵害における、いわゆる二重同一(商標指令10条1項・2項(a))については、出所混同の有無は問題とならないとされる。(10) (11)
 欧州商標法では何をもって、登録商標と同一と判断するかについては必ずしも明らかではない。しかし、商標の同一は、商標の機能から判断することが認識されているものと思われる。(12) (13)

5.商標の機能
 商標は、商標の機能によって、取引者需要者に働きかけて行くのだから、取引者需要者が同一ないし同一性を有すると判断するかは商標の機能によると考えるのが妥当と思われる。
 次に、商標権侵害の場合と不使用取り消し審判の場合には、どのような商標の機能によって、判断されるのかが問題となる。
 商標の機能には、自他商品識別機能、出所表示機能品、品質保証機能、それ以外に宣伝広告機能等があるとの指摘がある。(14)
 商標の機能について述べた判決としては、「フレッドペリー並行輸入事件」最判がある。(最判平成15年2月27日 平成14年(受)第1100号「フレッドペリー並行輸入事件」 以下「フレッドペリー並行輸入事件」最判という。)(15) (16) (17)
 品質保証機能について、商標法51条、53等を根拠にあるいは産業の発達の観点から現行商標法は保護対象としているとする見解がある。(18) (19)
 それに対して品質保証機能は現行商標法の保護対象外であるとする見解がある。(20)

6.商標権侵害事件実務における商標の機能
 筆者の商標権侵害事件の経験からすると、通常の商標権侵害事件において、登録商標の出所表示機能と併せて、品質保証機能を毀損され、商標権者が損害を受けていることがある。その場合、実務家としては、事案の悪性は、裁判官への心証、損害賠償の額等には影響する可能性もあるので品質保証機能の毀損についても主張立証には務めるが、出所表示機能の毀損を主張立証すれば、商標権侵害事件としては解決可能なことが多い。通常の商標権侵害事件では、品質保証機能は出所表示機能の裏側に隠れていて、表に出てこない場合があるのではないかと思われる。
 品質保証機能は現行商標法の保護対象外であるとする見解が、商標権侵害事件では、出所表示機能の毀損を問題とすれば、ほとんどの場合解決可能であることを指摘するものであれば、賛同する。しかし、だからと言って、品質保証機能は商標法では保護していないとまでは言えないように思われる。
 真正商品並行輸入事件では、言わば、出所表示機能が商標権侵害の判断基準としては、機能しなくなってしまったので、商標権侵害の判断基準として品質保証機能が表にあらわれてきていると思われる。

7.商標権侵害についての解釈の変遷
 30数年前、三宅正雄東京高裁元判事が主催されていた研究会で、最近は商標権侵害を出所の混同との関連で考えるが、商標法の侵害規定には、類似としか規定されていない、と商標権侵害の解釈に出所表示機能を取り入れることに疑問を指摘されたことを思い出す。三宅元判事は、YASHICA事件等画期的な判決を出された方であるとともに、商標権侵害事件では類似を出所の混同の有無で判断する裁判例が出ていた時期だったので、違和感を覚えたのを記憶している。(21)
 今思うと、条文に基づいて判決する裁判官としては、類似としか規定していない侵害規定に出所表示機能を盛り込む困難を指摘されたのかもしれない。
 同一類似としか規定されていない商標権侵害規定を、先輩研究者、実務家の尽力で、出所表示機能から解釈するようになり、「フレッドペリー並行輸入事件」で品質保証機能も含めて解釈するようになったと思われる。欧州に見られるように、将来は商標の他の機能からも判断されるようになると思われる。但し、商標権侵害事件の多くは、出所表示機能の毀損を問題とすれば解決するものと思われる。

8.現行商標法における商標の機能についての記載
 現行商標法は、商標の機能について、「フレッドペリー並行輸入事件」最判のように明確に規定していない。
 「フレッドペリー並行輸入事件」は事案としては、並行輸入についてものではあるが、「商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能」と判断するように、商標の機能一般について述べていると思われる。「フレッドペリー並行輸入事件」最判では、商標の機能については出所表示機能及び品質保証機能があることを認めているものと思われる。但し、前述のように異なる見解はある。
 商標の機能を、商標法の目的から演繹する方法も考えられるが、実務家からすると、目的規定は漠としたものであって、ある意味どのような解釈も可能である。むしろ、直截に商標自体の働きから商標の機能を把握して、商標法に当てはめた方が説得力を有するように思われる。
 商標を保護する現行商標法に、商標の機能について正面から規定していないのは奇異な感がするが、商標法に、保護対象となる商標の機能を当てはめて解釈すれば良いだけで、商標の機能を解釈論で補充可能である点では、現行商標法は柔軟性に優れていると思われる。

9.商標の機能と条文あるいは「問題となる法律関係」との関係
 現行商標法は、商標の機能について明確に規定していない。しかし、商標に機能があることには異論が無い。
 各条文あるいは問題となる法律関係毎に、当該法律関係と最も密接な関係にある商標の機能、あるいは、当該法律関係を支配する商標の機能は、異なっている。問題となる法律関係あるいは条文の各要件は、当該法律関係あるいは条文と最も密接な関係にある商標の機能、あるいは、当該法律関係等を支配する商標の機能により各々判断されると思われる。各条文あるいは問題となる法律関係で同一乃至同一性あるいは類似、使用の判断基準として適用される商標の機能は異なると思われる。
 各条文あるいは各法律関係において、商標の機能のなかで何の商標の機能が求められているのか、あるいは各条文あるいは各法律関係と最も密接な関係を有する商標の機能を探知し、探知した商標の機能の判断基準を用いて、各条文あるいは法律関係毎に同一乃至同一性、類似、使用の内容を決めることになると思われる。(22)
 不使用取消審判の場合は、前述の裁判例からの指摘があるように、自他商品識別機能からあるいは商標の機能と関係なく判断されるものと思われる。
 他方、商標権侵害の場合は、侵害者の商標によって、商標権者の商標権の出所表示機能、品質保証機能が毀損されているかを判断する上からもこれら商標の機能からも判断する必要があると思われる。

10.結語
 登録商標の同一の範囲は、不使用取消審判の場合は、自他商品識別機能からあるいは商標の機能と関係なく判断されると思われる。
 他方、商標権侵害の場合は、登録商標の同一の範囲は、商標権者の商標権の出所表示機能、品質保証機能からも判断されると思われる。
 商標法38条4項括弧書きでは、商標権侵害(商標法38条)の場合と不使用取り消し審判(商標法50条)とも、登録商標の同一の範囲は同じである旨規定されるが、登録商標の同一の範囲は、商標権侵害の場合と不使用取り消し審判の場合で異なり、不使用取り消し審判(商標法50条)の場合は、商標権侵害の場合より、不使用取り消し審判に関する商標の使用についての判決と同様ゆるやか考えるものと思われる。

注======================================

(1) 兼子一、染野義信『特許・商標』(青林書院 昭和30年) 520頁、521頁、「商標権の効力は、その商標の使用による商品の出所の混同を防止し、取引者の競業関係をその現状に於いて保全することを目的とするものであるから、積極的に出所を指標する機能に於いて同一性のある商標を使用し、他人における使用を排除することができるものというべきである。商標は類似商標を類似商品について使用することを限度として保護されるものであって、むしろこの限度は商標保護の条件である。」とする。

(2) 飯村敏明 パテント 2012 Vol65 No.11「商標関係訴訟~商標的使用等の論点を中心にして~」111頁、112頁「裁判所は、不使用取消審判に係る事件については,当該制度が設けられた趣旨に照らして,商標権者(通常使用権者を含む」。)が,商標を活用している実態が存在するような場合には,その使用態様を個別的具体的に検討し,商標権を取り消すという不利益を与えるほどの使用態様が否かという観点から総合考慮して,結論を導いているように推測されます。」、「裁判例を分析する限り,『商標的使用』については、登録商標の不使用取消審判における『使用』の有無を判断する場面では,侵害訴訟よりも,判断基準が緩やかです。そして、登録商標の不使用取消審判における『使用』の判断基準を緩やかにすることには,十分な合理性があると考えています。」

(3) 高部眞規子『実務詳説 商標関係訴訟』(一般社団法人 金融財政事情研究会 平成27年)270頁「商標の不使用を事由とする商標登録取消しの制度の存在理由、すなわち全く使用されていないような登録商標は、第三者の商標選択の余地を狭めるから、排他的な権利を与えておくべきでないという理由に鑑みても、商標法50条所定の『登録商標の使用』は、商標がその指定商品について何らかの態様で使用されていれば十分であって、識別標識としての使用(すなわち、商品の彼此識別など商標の本質的機能を果たす態様の使用)に限定しなければならない理由は、考えられない。」この見解は、現行商標法は、商標の機能について、明確に規定していないことを指摘するものとも考えられる。

(4) 判決としては、知財高判平成27年11月26日「アイライト事件」 裁判所ホームページがある。「商標法50条の主な趣旨は,登録された商標には,その使用の有無にかかわらず,排他独占的な権利が発生することから,長期間にわたり全く使用されていない登録商標を存続させることは,当該商標に係る権利者以外の者の商標選択の余地を狭め,国民一般の利益を不当に侵害するという弊害を招くおそれがあるので,一定期間使用されていない登録商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求することができるというものである。
 上記趣旨に鑑みれば,商標法50条所定の『使用』は,当該商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用(商標法2条3項各号)されていれば足り,出所表示機能を果たす態様に限定されるものではないというべきである。」とする。但し、同判決は、事案としては出所表示機能を果たした使用とする。

(5) 同判決の評釈としては、小林利明 判批 ジュリスト1502号8頁がある。

(6) 他に知財高裁平成28年9月14日「LE MANS」がある。

(7) 同じく知財高裁平成28年11月2日「アイライト」がある。

(8) 「TPP 知的財産条項の実務への影響」 2019年2月26日 第二東京弁護士会・日本弁理士会合同研修で、特許庁で立法実務を担当していた松田誠司弁護士が講師を務められた。松田弁護士は、筆者の商標権侵害の場合(商標法38条)と不使用取り消し審判(商標法50条)とで、商標の同一内容は異なるのではないかとの質問に対して、立法段階では、侵害時における登録商標との同一と、不使用取消審判における登録商標との同一については、同一内容との前提で立法していた。但し、筆者のような考えも、当然出てくると述べられた。同研修で、講師は、不使用取消審判に係る審決取消事件判決について言及することはなかった。

(9) 松田誠司 NBL 1094号 TPP協定締結に伴う産業財産権法の改正 18頁、同1096号 48頁「環太平洋パートナーシップ協定第18.76条第1項注(a)」によれば、『不正商標物品(counterfeit trademark goods)とは、一の物品について有効に登録されている商標と同一の商標又は当該有効に登録されている商標とその基本的側面において識別することができない商標を許諾なしに付した同様の物品(包装を含む。)であって、そのような商標を付したことをもってこの節の規定に基づく手続きを定める締約国の法令上、商標権者の権利を侵害するものをいう』(下線は筆者《松田誠司》による)とされている。したがって、不正使用とは『登録商標と社会通念上同一の商標による侵害を指す』ものと考えられる。」とする。

(10) 大西育子 『商標権侵害と商標的使用』(信山社 2011年)38頁「第1類型は、登録商標の専用権の範囲における侵害である。専用権の範囲では、『とりわけ、出所表示としての商標を保障することをその機能とする登録商標により付与される保護は絶対的である』とされ、(商標指令前文第10リサイタル),混同のおそれの有無は問題とならない。」、「第3要件:登録商標と同一の標識であって、登録商標の指定商品・役務と同一の商品又は役務についての使用であること。」とする。

(11) 茶園成樹 パテント 2019 Vol72 No.4「欧州商標法における商標の機能」171頁

(12) 2018年日本工業所有権法学[シンポジウム]「商標権の効力の制限」で、司会をされた茶園成樹大阪大学教授は、「欧州での二重同一の場合の商標の同一はどのような判断基準で行うのか」との筆者の質問に対して「欧州特許庁事務局は、商標の同一を、出所表示機能から判断するとの規則改正を試みたが、関係団体からの、他の商標の機能が判断から除かれることになるとする反対によりできなかった。」と説明された。

(13) 前掲・(11)茶園 178頁 「(2015年商標指令及び共同体商標規則の)改正案において定められていた、二重同一の場合における出所表示機能が害されることの要件が削除され、改正前の5条1項a号と変わらないものとなった。」

(14) 土肥一史『商標法の研究』(中央経済社)26頁

(15) 「フレッドペリー並行輸入事件」最判では、「(3)我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから,当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には,いわゆる真正商品の並行輸入として,商標権侵害としての実質的違法性を欠くものと解するのが相当である。けだし,商標法は,『商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もつて産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とする』ものであるところ(同法1条),上記各要件を満たすいわゆる真正商品の並行輸入は,商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能を害することがなく,商標の使用をする者の業務上の信用及び需要者の利益を損なわず,実質的に違法性がないということができるからである。」とする。

(16) 「フレッドペリー並行輸入事件」最判の解説として 高部眞規子 調査官報告 法曹時報57巻5号221頁

(17) 「フレッドペリー並行輸入事件」最判についての見解として、田村善之「ライブ講義 知的財産法」126頁(弘文堂、2012年)

(18) 前掲(12)・土肥『商標法の研究』(中央経済社)26頁

(19) 宮脇正晴「商標機能論の再検討―品質保証機能に関する問題を中心にー」日本工業所有権法学会年報30号(2006)5頁

(20) 田村善之『商標法概説[第2版]』《弘文堂 1998年》4頁)

(21) 東地 昭和41年 8月30日 昭和38年(ワ)第1415号 下級裁判所民事裁判例集17巻7・8号729頁)

(22) 安原正義「商標の同一乃至同一性について」(発明推進協会 2016年)渋谷達紀教授追悼論文集編集委員会編『渋谷達紀教授追悼論文集』371頁,373頁)

—- <弁理士 安原正義>—-