東京も6月19日にやっと全ての業種に対する休業要請が解除され、都道府県境を超える移動も認められるようになった。一方、私がテニュア教授として働くワシントン大学のあるワシントン州では、全米で最初に新型肺炎感染者が確認され、3月初めに自宅待機要請、3月25日には自宅待機命令が出された。最近はPCR試験が毎日1万件以上も実施されていることもあり、6月21日現在で毎日確認される感染者数は400件前後で今までに1268人が死亡している。ワシントン州はニューヨークやカリフォルニア等大都市を抱える他の州よりは感染が抑えられているが、人口が2倍の東京の感染者数や死亡者数とは比べ物にならない。

 ワシントン大学は冬学期最終週の3月9日から全面オンライン講義に移行した。私の講義はセミナーだけで既に講義は終わり学生の研究発表のみとなっていたので、とりあえず最終週の講義を休講にして論文に基づいて採点を行った。すぐに春学期は全てオンライン講義とする決定がなされたが、去年、大雪に見舞われ2週間の大学閉鎖を余儀なくされた経験から、ITシステムが強化されていたことが功を奏した。同僚たちはすぐにオンライン講義の勉強会や情報交換を始めたが、私は内心、春学期は慶応で教えるからと高を括っていた。実際には、私が3月末に日本に到着してから日本の大学もオンライン講義に移行することが決定され、私も4月30日から全ての講義をオンラインで行っている。

 但し、日本とアメリカではオンライン講義の実質上の意味に大きな違いがあるように思われる。日本ではウェブ会議ソフトを使うものに限らず、メールで課題を出して答えを添削するネット以前の形式から、録音したパワーポイントをネットに掲載するオンデマンド形式のものまで種々の遠隔教育がオンライン講義と呼ばれているようである。アメリカでは(少なくともワシントン大学では)リアルタイムでのヴァーチャル対面形式が原則とされ、オンデマンド形式は予習のため補助的に使われている。更に、学生が受講していることを確認するためビデオはオンとすることが原則である。従って、日本の先生の講義にゲスト参加したときにほとんどの学生がビデオをオフにしていることにも驚いた。大学によって異なるのかもしれないが、少なくとも慶応大学では、オンライン講義のやり方の基準が統一されていなかったため、当初大変戸惑った。

 ワシントン大学では、春休み中にIT部門がビデオ会議システムの使い方のビデオを作成したり、図書館がオンライン講義準備のための資料を集めたりしてくれたので、オンライン講義への移行はとてもスムーズだった。既に教授会でZoomの機能をいろいろ試していたので、その経験を慶応での講義に使うことができたが、おそらくd使用方法の紹介だけだとどのように機能を活用するか理解するまで苦労したように思う。2ヶ月オンライン講義を行ってみて、いろいろ利点を見つけたが、最も良い点は学生の出席率が向上することであろう。今学期はほとんどの講義が全員出席で、朝9時の講義も遅刻はほとんどなかった。私の講義は英語なので、午前中はアメリカ、午後は欧州の著名教授や弁護士にゲスト講演してもらえるのことも大きな利点である。更に、顔と名前がビデオで表示されるので、まじめに聞いているか確認できるし、指名し質問に答えさせるのも楽であるうえ、私の顔が学生と同じように画面に映っているせいか、学生も対面より気楽に質問してくるので、双方向の議論がやりやすいと感じた。対面では事前組分けや教室内の移動を伴う小グループでの学生同士の議論もブレークアウト機能を使うとワンクリックで行える。講師はブレークアウトルームを回って、学生がテーマに沿った議論をしているか確認する必要があるが、ルーム間の移動もワンクリックである。驚くべきことに、Zoomで講義を録画すると録音のみのファイルを作ってくれるだけではなく、録音のトランスクリプトまで自動的に作成してくれる。日本語なまりの私の講義が変な英語に変換されたトランスクリプトを読むのは恥ずかしいが、今後の講義改善に大いに役立つし、英語が心許ない日本人学生には特にありがたい機能であろう。更にどの学生が何分講義に参加し、どのような発言をしたかについての記録も残ることになる。

 私は2015年から冬と夏はシアトルで、春は東京で、秋はミュンヘンで暮らしているので、講義や研究に必要な資料は全てディジタル化している。研究の中心であるアメリカ特許法は判例を通して日々変わっていくので、判例評釈や論文が紙媒体で出版された頃には時代遅れとなっていることが多い。そのため、アメリカ知財各分野の基本書は電子化され判例データベースまたは電子図書館プラットフォームから入手可能である。学生の負担を軽減するため、講義に使う教材はオープンブックとしてネットに開放する本を使ってきたが、コロナ後は大手出版社が次々にケースブック電子版を無料開放したので選択肢が格段に広がった。私の研究対象であるEU及びドイツの判例や論文も電子化が進んでおり、特にドイツ語の文献は電子データであればグーグル翻訳できるので大変助かる。私の本もすべて紙と共にeBook出版され、ディジタル図書館等のプラットフォームを通してアクセス可能となっている。更にどうしても紙媒体しか見つからない場合は、ワシントン大学図書館の司書さんにメールを送ればPDFにして送ってくれるので、どこにいても研究資料の入手に困ったことはない。東京やミュンヘンに滞在する理由は人と会って討論したり、発表してフィードバックをもらったりするためであるが、実は今回の経験でいずれもビデオ会議で済ますことができると実感した。今後研究のオンライン化も加速するものと思われるので、Microsoftチームズのようなコラボーレションソフトを使って各国の学者が共同研究し、その成果を迅速且つ検索しやすい状態でネットで発表し、政策への影響力を高めることが予想されよう。

 それではもう対面の講義や研究集会はいらないのだろうか?私の場合、大学院講義なので少人数だが、学部の講義のように大人数であれば全ての学生の顔は見れないし、ソフトウェアの機能上、同時に複数の人が話して議論白熱というわけにはいかないので、オンラインでは代用できない対面の研究集会の良さはまだまだ残っていると信じたい。特に留学生にとっては、講義以外にクラスメートと時間を過ごしたり、その国に住むことでカルチャーを学ぶことも多いので、コロナ後も将来働きたい国に来て、対面講義で学んでほしい。録画されれば他の大学の教員の講義も大学間のライセンスにより簡単にアクセス可能になるので、講義の質も問われることになろう。私も、他の大学教員の講義で代用されることが無いように、リアルタイムによるオンラインの機能を活かした特色ある講義をしていきたいし、この経験をコロナ後に活かし対面とオンラインの相乗効果を狙った教育及び研究を行っていきたい。
〈竹中俊子〉