🔭弁護士事務所設立物語(三村量一)

  • はじめに

 昨年(2019年)8月に自前の弁護士事務所を起ち上げてから1年が経過しました。小規模事務所ですが、大規模事務所とは違った楽しさがあります。他方、小規模事務所ならではの悩みもあります。
 今回のコラムでは、弁護士事務所を設立する際の留意点を指摘するとともに、大規模法律事務所と小規模法律事務所との違い、小規模法律事務所のメリットを説明致します。そして最後に、コロナ禍の下での法律事務所業務の実情をご紹介します。
法曹実務家を目指す法科大学院の皆さんのみならず、それ以外の方々にも参考となる内容となっていれば幸いです。

  • 弁護士事務所設立

 私は、1979年から2009年まで裁判官として執務した後、2009年8月から2019年8月まで長島・大野・常松法律事務所のパートナーとして弁護士活動をいたしました。そして、2019年8月に「三村小松法律事務所」を設立しました。場所は、東京駅日本橋口のサピアタワーです。設立時には、弁護士5名で、常勤の秘書の手配が間に合わず、学生アルバイトで急場をしのぎました。設立当初から、顧問として、東京大学の玉井克哉教授と米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)長官を務めたランドール・レイダー元判事が参加して下さったことで、事務所の特色を示すことができました。2020年2月には弁護士1名を加え、弁護士事務所での勤務経験のある優秀な人材を秘書として迎えることができて、ようやく事務所として万全の態勢が整いました。
 2020年4月に、同じビル(サピアタワー)に所在するマーベリック法律事務所(弁護士3名)と合併して、事務所の名称も「三村小松山縣法律事務所」と改めました。
 弁護士事務所の設立は、今回初めて経験しましたが(何度も経験する人は少ないと思います。)、振り返ってみると、この点は大切だと思う点が、いくつかあります。これから弁護士事務所を設立する方(あまり多くないと思いますが。)のために、事務所設立に際しての留意点をいくつか指摘しておきたいと思います。
 弁護士事務所を設立する際に最も重要なのは、構成員の人選です。事務所起ち上げの際の創立メンバーについては、三国志の「桃園の誓い」ではありませんが、志を同じくする人物を早い時期から見つけておく必要があります。この点は、弁護士に限らず、秘書等についても同様です。秘書の人選は重要で、法律事務所での勤務経験があり、弁護士報酬の請求事務等に通暁した人物を採用できるかどうかが、新事務所の発展の成否を決めるといっても過言ではありません。構成員の採用は一般的に難しいことですが、事務所起ち上げの際は、時間的制約のなかで起ち上げに必要な人員を揃えなければならないこともあり、決断を迫られる場面がしばしば生じます。
 もうひとつ重要なのは、事務所の場所です。交通至便で分かり易い建物に所在することが理想ですが、現実には、賃料との兼ね合いもあり、なかなか難しいところです。出物があれば、事務所設立に先立って物件を確保することが必要な場合もあるでしょう。構成員と場所が重要なのは、事務所設立後に変更するのが容易でないためです。
 そのほか、事務所のホームページやIT環境の整備なども、もちろん大切ですが、これらは、事務所の執務の傍ら、徐々に整えていけば足りるものです。

  • 大規模法律事務所と小規模法律事務所の違い

 上述のとおり、私は長島・大野・常松法律事務所から独立して新事務所を起ち上げたのですが、独立前の環境との違いの大きさを痛感しました。しかし、我が国における弁護士事務所一般からいえば、新事務所が標準的な姿であり、むしろ大規模事務所の方が特殊です。
 この機会に、大規模法律事務所の執務環境や執務態勢を、小規模との比較の観点から、簡単に紹介したいと思います。我が国において、大規模法律事務所と呼ばれるのは、西村あさひ法律事務所、長島・大野・常松法律事務所、森・濱田松本法律事務所、アンダーソン・毛利・友常法律事務所で、これらは四大事務所と呼ばれています。これに続くのがTMI総合法律事務所で、西村あさひ、長島大野、森濱田、アンダーソンにTMIを加えて、五大法律事務所と呼ばれることもあります。ここでは、大規模事務所に共通する特徴を説明しますが、主として長島大野を対象として説明しますので、そのほかの事務所については、説明と異なる点もあると思いますが、ご容赦ください。
 大規模事務所の一番の特徴は、巨大なオフィスです。いずれの事務所も都心の大型オフィスビルに複数のフロアにまたがる広大なスペースにオフィスを構えています。オフィスの所在地は、TMIが六本木ですが、そのほかの4大事務所は丸の内、大手町に集中しています。丸の内にある長島大野と森濱田は筋向かいのビルに所在しますし、大手町にある西村あさひとアンダーソンに至っては、隣同士のビルで地下飲食街は共通です。
 大規模事務所ですから、弁護士数は多数です。どの事務所も400名ないし500名の弁護士を擁しています。そのうち概ね百数十名がパートナーです。毎年40名ないし50名の新人をアソシエイトとして採用しますが、概ね10年の勤務の後にパートナーに昇格するのは1割から2割で、その余は独立するか、他の中小事務所や企業に移籍します。アソシエイトは、ほぼ全員が勤務4年目ないし5年目の時期に外国の大学に留学・外国の法律事務所で研修します。また、省庁や企業へ出向する者もいます。多くの事務所は、パートナーに定年制を定めています。長島大野、森濱田では、65歳に達した年の12月末までとされています。西村あさひも同じだと思います。アンダーソンの定年は70歳。TMIは定年がありません。
 いずれの大規模事務所も、全ての法律分野の業務をカバーする、いわば百貨店のような構成となっています。事務所内は、訴訟部門、企業法務部門、M&A部門、ファイナンス部門、倒産部門、不祥事対応部門などです。事務所ごとに、設立の経緯等により、それぞれ強い分野が存在します。例えば、長島大野はファイナンス、M&A部門、森濱田は訴訟部門、アンダーソンは渉外部門、TMIはエンターテインメント部門といったところでしょうか。西村あさひは、本当の意味で総合事務所、何でも屋という印象です。数百名の弁護士は各部門に別れて勤務します。何しろ人数が多いので、同じ事務所の弁護士同士でも、部門が異なると互いに面識がないという状況もしばしば生じます。
 パートナーとアソシエイトの関係は、事務所により異なります。長島大野では、各パートナーは、原則として自分の属する部門のアソシエイト(他の部門のアソシエイトも一定の条件の下で可能です。)と一緒に仕事をしますが、どのアソシエイトと仕事をするかはパートナーの自由です。相性の問題もあり、一緒に仕事をするアソシエイトにある程度の偏りが生ずることは避けられませんが、事務所の方針として、パートナーには可能な限り満遍なく各アソシエイトと一緒に仕事をすることが求められています。これは、若手アソシエイトに多様な案件に接する機会を与えるとともに、各パートナーそれぞれの案件処理の手法を体験させるという教育的配慮に基づくものですが、パートナーと特定のアソシエイトの関係が強くなりすぎることを防止するという観点からの考慮もあります。このようにパートナーとアソシエイトの間に固定関係が存在しない状況の下では、どうしても優秀なアソシエイトは多くのパートナーから仕事を依頼されることになり、アソシエイトの間に繁忙度の差が生じます。パートナーとアソシエイトの関係は、事務所によって異なり、パートナーが常に特定の数名のアソシエイトと仕事をするのを原則とする事務所もあります(事務所内では「○○組」などと俗称されているようです。)。この場合は、アソシエイトは常に特定のパートナーから仕事を依頼されることになります。また、アソシエイトの報酬の算定方法も事務所によって異なり、途中から歩合制になる事務所もあれば、勤務年数に関係なく固定額という事務所もあります。
 執務環境は事務所により異なりますが、長島大野では、パートナーと勤務5年ないし6年を経たシニアアソシエイトには個室があてがわれます。個室については五大事務所のなかで最も恵まれた環境です。また、弁護士1.5名ないし2名に対し秘書1名が配置されています。秘書は、定期的に部門を超えて配置転換が行われ、特定のパートナーとの関係は3年を限度とされています。個室と秘書については、事務所により状況が異なるようです。そのほか、パソコンやインターネット等のIT環境については、専門の担当部署が存在し、備品の更新や補修を担当します。

  • 新事務所の特色

 三村小松山縣法律事務所は、現在、弁護士10名、顧問2名、秘書3名という陣容です。事務所の担当分野としては訴訟全般、契約書作成、企業法務、離婚等の家事事件、一般民事事件、刑事事件等ですが、得意とする専門分野としては、知的財産分野全域(特許、意匠、商標、著作権、不正競争)の訴訟代理・紛争解決、著作権のうちファッション関係・アート関係の相談、エンターテインメント、ベンチャー企業支援、海事事件などがあります。ちなみに、特許に関しては、医薬品、化学、通信技術、電気、機械等、技術分野を問わず各分野において実績があり、対応可能です。詳しくは、事務所のホームページをご覧下さい(https://mktlaw.jp/)。
 少人数ですが、元裁判官(私のことです)、元自治官僚や、金融庁、文化庁への出向経験者、元雑誌編集者、元スタイリストなど多彩な職歴の人材を擁しており、各自の専門分野において豊富な知識・経験を有する弁護士が集まっています。また、小規模事務所の利点として、依頼者のニーズに応えた、いわばオーダーメイドのきめ細かい対応を行っています。

  • 弁護士事務所を設立してよかったこと

今回、新事務所を設立してよかったことは、最前線の現場での弁護士活動を続けることができたことです。大規模事務所と違って小規模事務所にはパートナー定年がありませんから、健康の許す限り、法廷での弁論など第一線での活動を続けている決意です。
 受任できる事件の範囲も拡大しました。大規模事務所は弁護士数百人規模で、依頼者の数も多数なので、特許侵害等の紛争案件は、相手方が他のパートナーの担当する案件における依頼者であるなどの事務所内のコンフリクトのために、受任できないことが頻繁にありました。新事務所は少数精鋭の陣容ですから、コンフリクトのために依頼を受任できないということは、ほとんど生じていません。
 また、小規模事務所の長所として、事務所内の調整や意思統一を迅速に行うことが可能ですから、依頼者に対する事務手続等についても、個別の依頼者の希望に応じたきめ細かい対応が可能です。
 人材育成という点でも、大規模事務所と違って、アソシエイトは目の届く範囲で執務していますから、必要に応じて即時に教育的指導を行うことが可能ですし、若手弁護士は将来にわたって事務所に所属することが予定されていますから、人材養成の甲斐があります。

  • コロナ禍の下での法律事務所

 最後に、コロナ禍の下における法律事務所の活動状況についてお話します。
 緊急事態宣言の発出後は、どの法律事務所も多かれ少なかれ事務所での執務を制限していますが、四大法律事務所のなかには秘書やパラリーガルはもちろんのこと弁護士にも事務所への出勤を禁止する、いわゆる事務所閉鎖を行ったところもあります。所属弁護士からコロナ感染者が出た事務所もあるなか、厳しい対応はむしろ当然のことというべきでしょう。
 三村小松山縣法律事務所も、緊急事態宣言発出下においては全員自宅勤務を原則としていましたし、現在も、事務所に出勤するかどうかは弁護士各自の判断に任せています。
 依頼者との打ち合わせも、ZoomやTeamsといったWeb会議システムを利用することが多くなりました。海外や遠隔地の依頼者との関係では、電話会議が主であった従来と比べて、かえって便利になったということができます。
 裁判所における手続も変化しました。法廷では、傍聴人同士が距離を保つため、傍聴席のほぼ半数の席が着席禁止となっています。準備手続も出席する代理人の人数が制限され(準備手続に使用する部屋の大きさにより異なりますが、片方当事者4名ないし6名)、手続中は窓が開け放たれます。出廷者を制限することが難しい事件では、非公開法廷を利用しての準備手続も行われています。
 遠隔地の裁判所の訴訟では、書面による準備手続(民訴法175条以下)が頻繁に利用されています。同手続における双方当事者との協議(176条3項)をTeams又は電話を利用して行うのです。書面による準備手続は、ドイツ民事訴訟に範をとって導入された手続ですが、従来はほとんど利用されていませんでした。それが、コロナ禍の下において大いに活用されることになったのは予想外のことでした。訴訟手続に多様な選択の余地を与えることは、裁判所及び当事者にとって有益であることが図らずも実証されたことになります。もっとも、裁判所におけるWeb又は電話による手続は、裁判所に出廷する必要がないという点は大助かりですが、原則として、双方当事者に対してそれぞれ1回線が割り当てられますから、複数の代理人が選任されている事件では、各当事者の代理人はそれぞれ1カ所(弁護士事務所)に集まる必要があります。残念ながら、複数の代理人がそれぞれ自分の事務所ないし自宅から参加するという、Web会議システムの本来の機能を利用しての期日の実現には至っていないのが現状です。
 おりしも、裁判の電子手続化が課題となっている状況下でのコロナ禍です。この機械にWeb会議のあり方を含めて、更なる手続の電子化が進むことを期待したいと思います。

〈三村量一〉