日本ではこのような発言を聞く機会はほとんどありませんが、元合衆国連邦巡回区控訴裁判所長官ランドール・レーダー氏が発展途上国で講演をした折、特許制度は未来の世代へのプレゼントであるという寓話を用いて、特許制度の必要性を主張していました。12月はクリスマスの時期なので、どんなプレゼントが欲しいかを考えるのには相応しい時期でしょう。しかし、トロイの木馬の物語で学べるとおり、すべてのプレゼントが良いものばかりではなく、その中には「油断ならない贈り物」というものもあります。したがって、未来の世代へのプレゼントとして残しておきたい特許制度の有り方について考える相応しい時期とも言えるでしょう。
現在、ブラジルの裁判所では、ブラジルの特許制度の有り方について大きく影響を与える訴訟が動いています。ブラジルの最上級裁判所であり、主に憲法裁判所としての役割を担っている連邦最高裁判所 (STF)は、近々ブラジル特許制度の特徴的な構成についての判断をすることになっています。
ブラジルでは、特許権の存続期間は出願日から20年、実用新案の存続期間は出願日から15年とされています(ブラジル産業財産権法第40条)。存続期間の延長は原則として不可能ですが、ブラジル産業財産権法第40条補項には存続期間の特別措置が設けられています。それは、特許の場合は登録後最低10年間、実用新案の場合は登録後最低7年間の権利期間が保障される規定です。したがって、特許の出願から登録までに10年以上かかった場合には、出願日から20年を超えて権利が存続することがあり、また、実用新案の出願から登録までに8年以上かかった場合には、出願日から15年を超えて権利が存続することがあります。
ブラジルでは、特許および実用新案の審査遅延は昔から問題となっています。その理由の一つは、ブラジル特許庁が独立的な財政を有しておらず、審査期間の短縮を含む審査レベルの向上に当たっては、ブラジルの議会にて定められた予算しか使えないからです。また、ブラジル特許庁の公務員雇用規則では、特許審査官になるために当該技術分野の修士課程以上の学位取得が要件となっているので、いくら予算があっても、人気の技術分野では審査官を雇うことが難しいということも理由の一つです。その関係で、現行のブラジル産業財産法が立法された1996年から、審査遅延の懸念に伴い、ブラジル産業財産権法第40条補項に対する特別措置が設けられました。
審査遅延の懸念があったとはいえ、立法された時点ではブラジル産業財産権法第40条補項の特別措置は実質的に例外規定となり、基本的にその規定に基づいて登録される案件はないだろうと予想されていました。しかし、2000年代にブラジル特許庁が直面した様々な問題により、審査遅延の問題がより酷くなり、現在、存続期間中の特許登録の46%が特別措置に基づいて付与された状況になっています。審査遅延が著しく酷かった2014年から2016年には、特許登録のおよそ7割が特別措置に基づいて登録されました。
具体例として、2013年11月04日、ブラジルの ファインケミカル・バイオテクノロジー産業協会(Abifina)は、特別措置が違憲であることを主張するための違憲訴訟 (訴訟番号:ADI 5061)を連邦最高裁判所 (STF)に対して提訴しましたが、最終的に、原告適格がないことが理由で違憲訴訟が却下されました。原告適格の問題を解消するために、ブラジル共和国検事総長は2016年に、再度連邦最高裁判所(STF)にブラジル産業財産法の特別措置が違憲である旨を認めるための違憲訴訟(訴訟番号:ADI 5529)を提訴しました。
ブラジルの現行の憲法は、1988年に制定されました。114の項目から構成されており、複数の規則が細かく定められています。また、法律で定める厳密な規定と、抽象的な原則によって認められる解釈規定があります。この解釈の仕方はブラジル独特の法制度であり、広い解釈が認められるのは、ブラジルにおいては一般的なこととなります。ブラジル産業財産権法第40条補項の特別措置が違憲であると主張するに当たり、特別措置は、4つの憲法上の保護を受ける原則に違反すると主張されています。
・特別措置に基づく存続期間が制度上認められるのかという問題、特許が付与されるまで最長の存続期間を知ることができないので、特別措置の存在が憲法第5条で保障されている法的安定性に違反しているということ。
・特別措置に基づく存続期間を認められた特許が、通常の特許より長く保護されているので、延長された存続期間によって、憲法第170条IV項で保障されている自由競争の原則に違反していること。・特別措置では、案件ごとの登録存続期間が異なる可能性があるので、憲法第5条I項で保障されている法の下の平等の原則に違反していること。
・特別措置が、ブラジル特許庁が効率的に審査業務を行わなくても済むことになるので、憲法第37条で保障されている公役の効率性の原則に違反していること。
本件の議題については、必然的にデリケートなトピックとなり、それに関する複数の意見(訴訟内においてアミカス・キュリエとしても)が挙げられています。また、本件は、ブラジル産業財産法に関する違憲訴訟が連邦最高裁判所(STF)で裁定されるのは初めてのことなので、かなり注目が集められています。2020年5月に連邦最高裁判所(STF)が本件の審理を始めましたが、2021年の初めに 最終審理されることが2020年12月に決まり、判決が下されることになりました。
連邦最高裁判所(STF)に適用されるブラジルの手続法によると、判決により以下のように2つの異なる結果がもたらされることになります。
- i) 連邦最高裁判所(STF)の過半数が10年の特許権の存続期間の合憲性を認めた場合、この条文が維持される。
- ii) 連邦最高裁判所(STF)の過半数が10年の特許権の存続期間が違憲であることを決定した場合、本規定は違憲と宣言される。
違憲訴訟の判決の効力は、原則として全てのの訴訟事件および行政事件(特許出願の審査を含めて)に影響を与えるため、連邦最高裁判所(STF)は、必要に応じて拘束力の調整をすることができます(違憲訴訟に関する法、法律9868/99第27条)。例えば、この規定が違憲と判断された場合、その拘束力は判決が公表された後に生じることとなり、原則通りであれば現在この規定によって特別措置が適用されている特許登録はすべて無効とされることになります。ただし、判決の拘束力が調整されることによって、判決公表前に特別規定が適用された権利については権利自体が無効とされることなく、原則的な存続期間(特許の場合は出願日から20年)に短縮されたり、あるいは引続き10年間の存続期間が保障されることもあり得ます。
ブラジル特許庁および政府は、2016年から様々なバックログ解消対策(PPHを含めて)を実施しているので、ブラジル産業財産法の特別措置が懸念事項となり、当該違憲訴訟への影響を与える可能性はさほど大きくないと主張しています。その理由としては、ブラジル特許庁および政府が、現行の主なバックログ解消対策のプログラムである予備審査(Preliminary Office Action)を通して、「2021年6月までにバックログの8割を解消する」ことを目指しているからです。
個人的には、ブラジル特許庁がバックログ解消に努めているのは間違い無いと感じていますが、「2021年6月までにバックログの8割を解消する」という目標が達成できるとは限らず、それだけで全ての審査遅延の問題が解決されるとは思いません。ブラジル特許庁が安定的且つ効率的な実務ができるようになるまで、ブラジル 産業財産法の特別措置は、健全な特許制度を確立するために必要な措置と言えるでしょう。
日欧米にも、特許の存続期間の延長制度が設けてられていますが、制度の詳細はブラジルとは大きく異なります。しかし、特許出願人の手が及ばない理由で特許使用に関する規制がかかることもあるため、存続期間の延長を認める考えが適切ではないとは言いきれません。同時に、ブラジル産業財産法の特許存続期間の特別措置は、現在のブラジル特許制度の安定性のために必要であると言えます。場合によって、特別措置に基づいて出願日から30年間の存続期間の案件が出てくることも考えられますが、その特許権の権利者が、特許が登録になるまでに安定的に特許を利用することができなくなる可能性もあり、特別措置が求められることも考えられるでしょう。もちろん、効率的に特許が登録されることが一番の理想であることは言うまでもありません。
ブラジルの連邦最高裁判所(STF)は11人の裁判官によって構成されています。やはり、その11人は、ある意味で(遅めの)サンタクロースに変わって、ブラジルの未来の世代へのプレゼントの形を決めることになりますが、素敵なプレゼントとなることを願っています。
〈ホベルト カラペト(RC)〉