I.「誰が作ったのか?」という問いは、少なくとも近代以降、多くのコンテンツの価値を決定する要因のひとつであるだろう。著名な絵画や音楽作品が贋作・偽作であることが判明し、画壇や楽壇に衝撃が走るという事態は、幾度となく繰り返されてきた。
 贋作が真作の点数を優に超える画家も数多いとされ、フランスの自然主義画家コロー(1796-1875)については、「3000点の絵画を制作した、そしてそのうちの10,000点が米国で取引された」と、後世の美術史家が述べた言葉も著名になった。音楽作品をみれば、「アルビノーニのアダージョ」は、すべてイタリアの音楽学者レモ・ジャゾット(1910-98)の創作に係ることが明らかとなっているようであるが、アルビノーニ(1671-1751)の他のどの作品よりも高い知名度を獲得し、はからずも彼の名を現代に広く伝えることに貢献している[1]。また、フリッツ・クライスラー(1875-1962)が、生前にプニャーニ(1731-98)などのバロック音楽の作曲家の作品を「再発見した」と称して長年演奏会で披露していたが、ジャーナリストから突き止められた結果、いずれもあっさりと自作であると認めたこともよく知られている。
 もっとも、贋作や偽作を、作品上に表示されている作者名や伝承されてきた作者名と、作品の創作者との不一致ととらえるならば、成立事情は様々であり、贋作者の動機が、関心・購買意欲の喚起や、「贋作師」たる愉快犯的な野心に基づく場合だけではないだろう。ことに、近代著作権法制も未だ成立していない17世紀以前の作品にあっては、むしろ当時の作品ないしはテクストの帰属をめぐる秩序に対する認識そのものが、現代とは大きく隔たっていたことを前提とすれば、当時として何の衒いもなく制作された対象が、後代の認識により贋作や偽作とされることも少なくないと思われる[2]

 II.さて、贋作に関して、真作の著作者は、いかなる救済を得ることが可能だろうか?
 まず、第1の類型として、デッドコピー作品のように、贋作上に、真作の著作者名とともに、真作者による既存の著作物の表現上の本質的特徴が直接感得できるのであれば、その贋作の制作や公衆への提供・提示は、それぞれの態様に応じて、氏名表示権侵害や同一性保持権侵害、また、著作権の各支分権の侵害とすることについて問題は少ないだろう。
 しかし、第2の類型として、真作と作風が共通しているだけの場合のように、真作者による既存の著作物の表現とは関係のない作品に—すなわち、真作者による表現上の本質的特徴がまったく感得できない作品に―、真作の著作者名のみが表示されている場合はどうなるだろうか? この場合は、表示が付されている作品は真作者の著作物の原作品とはいえず、また真作の二次的著作物の提示又は提供がなされているともいえないため、氏名表示権侵害は否定され、また、他の著作者人格権侵害も、著作権侵害も否定されることとなるだろう。もっとも、著作権法上は刑事罰規定として、複製物の頒布について著作者名詐称罪(121条)を設けている(非親告罪であるうえ、期間の要件が設けられていないために、理論上は著作権存続期間満了後の著作物も対象となる)[3]。また、民事的救済については、氏名の表示が問題となっていることからすれば、少なくとも真作者の生前なら、真作者は一般不法行為として氏名権[4]や、著作者の人格的利益[5]の侵害、場合によってはパブリシティ権侵害などに基づく措置を取る途が考えられるだろう。

 III.ところで、他国の法制をみると、贋作上の虚偽の著作者名の表記の排斥を求める権利を、著作者人格権の一つと定める法制も少なくないことがわかる。このような権利は、「the right to object to false attribution」とか、また、その氏名表示権の鏡像のような性質をとらえて「droit de non-paternité」[6]とも呼ばれることもあるが、少し訳語に困る概念である。ここでは便宜上「虚偽氏名表示禁止権」と呼んでおきたい[7]
 比較法的にみると興味深いことに、著作者人格権の最も長い伝統を有するフランスやドイツにおいては、著作権法上、「虚偽氏名表示禁止権」の規定は、日本と同様に存在せず、判例及び学説も、これを著作者人格権に含めることに否定的なようである。一方、「虚偽氏名表示禁止権」を著作者人格権の一つに位置づける法制が見られるのは、著作者人格権についてむしろ継受国側と目されている英米法圏であることがわかる。
 英国の1988年CDPA(Copyright Design and Patent Act)の「第4章 著作者人格権(Moral Rights)」には、次のような規定が存在している。

第84条(著作物の著作者の地位の虚偽の付与)
(1) いずれの者も、この条に定める状況において、次に掲げる権利を有する。
(a) 文芸、演劇、音楽又は美術の著作物の著作者の地位を、著作者としてその者に偽って付与させない権利(以下略)[8]
 そして、86条2項は、保護を受ける者の死後20年の権利存続期間を定める。

 この84条の規定は、1988年CDPAで初めて登場したのではなく、1956年旧著作権法(Copyright Act)43条にも同様の規定が存在し、さらには1862年の美術著作権法(Fine Arts Copyright Act)7条[9]にまでさかのぼるという、なんとも歴史の長い規定である。だが、この規定のルーツは、大陸法と同様の著作者人格権的な思想と軌を同じくするものではなく、むしろ英国法において展開してきた詐称通用(Passing-Off)の法理が制定法化されたものと解したほうが適切であるとも思われる[10]
 また、米国著作権法では、ベルヌ条約加入への対応として1990年に成立したVARA(視覚芸術家の権利に関する法律;Visual Artists Rights Act)により、第106A条(一定の著作者の氏名表示および同一性保持の権利)(a)(1)(B)に、「(B) 自分が創作していない視覚芸術著作物の著作者として自分の名前が使用されることを禁止する権利」[11]が定められている。
 ほかにも、オーストラリア著作権法には、著作者人格権規定の導入を図った2000年改正において、著作者人格権を定める「第9編」の195AC条に「著作者の虚偽氏名不表示権Author’s right not to have authorship falsely attributed」が設けられている[12]
 ところで、国際著作権法の次元で、ベルヌ条約上の著作者人格権規定である6条の2に、「虚偽氏名表示禁止権」の内容が含まれると考えられているのかといえば、ベルヌ条約の代表的解説書の中では「著作者の有する著作者人格権は、著作者自身の創作に係るものであるが、コモンロー圏の否認権は、著作者の創作に係らない著作物に関するもの」であって、この場合には「著作者と著作物との本質的な紐帯が存在しない」から、これは著作者人格権とは異なる、などと否定的に解されている[13]
 他方、邦訳も刊行されているクロード・マズイエ氏は、ベルヌ条約6条の2の権利に、この権利が含まれるとの理解を示している[14]。少数説であるといってよいだろうが、米国VARAの立法過程では、この説が主に参照されたようである[15]

 IV.一方、大陸法圏をみると、フランスおよびドイツでは、「虚偽氏名表示禁止権」ないしは「著作者ではないことの承認を求める権利」を著作者人格権の一つの権利として明示する規定はなく、また、このような権利を氏名表示権など著作者人格権に含める解釈論や、著作者人格権に新たな権利として追加すべしとのような立法論も、有力ではないようである。これはCopyrightではなくAuthor’s Rightに―複製の権能でなく著作物を創作した著作者の権利に-重きを置くとされる大陸法圏の伝統的な思潮に照らしても、多分に自然な帰結といえるだろう[16][17]
   ドイツ法では、「虚偽氏名表示禁止権」は著作権法上には規定もなく、また、判例及び主要な学説は、著作権は著作者を、「その著作物」との関係において保護する(ドイツ著作権法11条)という基本原則に照らして、著作者の創作に係る特定の著作物との関係を超えた著作者の精神的利益の保護については、氏名表示権をはじめ、著作者人格権をその根拠とすることはできないという考え方をとっているとみられる[18]
 しかし、作風のレベルで真作と共通するにすぎない贋作上の氏名の抹消を求める権利が認められないわけではなく、それは、著作者人格権ではなく、ドイツ最高裁の1989年6月8日エミール・ノルデ判決[19]により、一般的人格権に基づいて認められるとされている。
 この判決では、他の画家の署名が付された贋作絵画は、原則として「芸術家の作品制作の成果の総体を不断に歪曲する」ことによって一般的人格権を侵害するとして、その贋作を真作として公衆に提供又は提示するおそれが認められる限りで、贋作上の署名の除去の請求が認められるとされた(しかも、このような一般的人格権は、著作者死後であっても、当該人物の知名度等に応じて、死後30年以上もの存続が認められる場合があるとされた)[20]。こうして、著作者人格権の役割は、あくまで、著作者をその創作に係る著作物との関係において保護するものである、そうではない場合は一般的人格権の問題となる、という切り分けがなされるようである。

 V.伝統的な芸術分野の贋作騒動のみならず、誰しもが自他のコンテンツを容易に発信できるようになり、さらにはAIによる「〇〇風作品」の生成もすでに容易になっている現在の環境を顧みれば、-デジタルなものも広く含め―真贋の鍵をなす要素の一つである署名が、真正性の確保を通じてコンテンツの価値の維持などのために果たす役割は、むしろ飛躍的に増大しているというとらえ方もできるだろう。とはいえ、果たして、そのような署名の役割に寄与するために、著作権法上の著作者人格権のカタログに、「虚偽氏名表示禁止権」のような権利を新たに付け加えることが妥当か、安易に解答を得ることは難しいだろう。確かにそろそろ、著作者人格権の意義が改めて根本的に問い直されるに適した時期なのかもしれない。

〈志賀典之(招聘研究員)〉

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(以下リンク先、いずれも2021年2月25日最終アクセス)

[1] e.g., Classical Music, BBC Music magazine, “15 compositions which their composers – perhaps – want to forget”, (https://www.classical-music.com/features/articles/15-compositions-which-their-composers-perhaps-want-to-forget/)

[2] e.g., Roger Chartier, Lordre des livres: lecteurs, auteurs, bibliothèques en Europe entre XIVe et XVIIIe siècle. 1992, ロジェ・シャルティエ(長谷川輝夫訳)『書物の秩序』 (筑摩書房、1996)。

[3] 加戸守行『著作権法逐条講義〔六訂新版〕』(著作権情報センター、2013年)839頁は、原作品については著作者名詐称罪の成立はないとしながら、刑法上の私文書偽造罪の成立の余地を挙げる。

[4] 東京地判昭62・10・21判時1252号108頁、東京高判平22・4・7判時2083号81頁など参照。

[5] 最判平17・7・14民集59巻6号1569頁。

[6] Sönke Gantz, Droit de non-paternité, V&R Unipress, 2011.; Schricker/Lowewenheim/Peukert, Urheberrecht, 6.Aufl., 2020.Vor.§§12ff.Rn.32.

[7] 岡雅子訳『外国著作権法・オーストラリア編』(著作権情報センターHP)に拠った。

[8] 大山幸房・今村哲也訳『外国著作権法・イギリス編』(著作権情報センターHP)

[9] Fine Art Copyright Act, London (1862), Primary Sources on Copyright (1450-1900), eds L. Bently & M. Kretschmer, www.copyrighthistory.org

[10] Mira Sundara Rajan, Moral Rights: Principles, Practice and New Technology, Oxford University Press, 2011, p.104.

[11] 山本隆司訳『外国著作権法・アメリカ編』(著作権情報センターHP)

[12] 岡雅子訳・前掲注7)

[13] Sam Ricketson & Jane C. Ginsburg, International Copyright and Neighboring Rights, 2nd ed., Oxford University Press (2006), 10.19.

[14] クロード・マズイエ(黒川徳太郎訳)『ベルヌ条約逐条解説』(1979年)45頁。

[15] Final Report of the Ad Hoc Working Group on U.S. Adherence to the Berne Convention, Columbia-VLA J.L. & Arts 10 (1986) p.513.

[16] とはいえ、大陸法圏でも、ポルトガル著作権法29条(氏名の保護)3項のように「何人も、他の著作者の氏名を自己の著作物に使ってはならない」というような規定を置く制度もある(WIPO Database of Intellectual PropertyLegislative Texts- PORTUGAL, Code of Copyright and Related Rights[https://www.wipo.int/edocs/lexdocs/laws/en/pt/pt002en.pdf])。

[17] フランス法については―詳らかな資料は参照できなかったが―裁判例では、著作者人格権規定(尊重要求権、CPI L.121-1)を「贋作の氏名表示の除去」事例において適用した例も現れて論争があったようだが、その後このような事例を著作者人格権ではなく、一般民法上の人格権の問題であると判示した破棄院判例が存在するようであり(André Lucas, Moral right in France: towards a pragmatic approach? (http://www.blaca.org/); Cass. 1re civ., 18 July 2000: RIDA 2/2001, p.309.、また、学説の多数も、「虚偽氏名表示禁止権」を著作者人格権の範疇外であり、一般民法上の人格権の問題として処理されるべきであるとの見解を採るようである(フィリップ・ゴドラ(長塚真琴訳)『著作者人格権の一般理論』著作権研究32号167頁脚注178、Cyrill P. Rigamonti,“Deconstructing Moral Rights”, Harvard International Law Journal / Vol. 47, p.361.)。

[18] BGH NJW 1990 1986, GRUR 1995 668- Emil Nolde; Schricker/Loewenheim/Peukert, aaO(Fn.6); Fromm/Nordemann/Dustmann, Urheberrecht 12Aufl., 2018, Vor§§12-14, Rdnr.15.

[19] BGH NJW 1990 1986, GRUR 1995 668- Emil Nolde.

[20] この事件は、ドイツ表現主義の画家エミール・ノルデ(1867-1956)の署名付の絵画2点を所有する原告が、被告ゼービュル・ノルデ財団にこれらの絵画の鑑定を求めて送付したところ、鑑定結果は(複製物ではなく作風が共通しているに過ぎないタイプの)「贋作」であった。そして、鑑定後、被告財団が贋作の流通のおそれから絵画の返還を拒絶したため、原告が被告財団を相手取って、所有物返還請求訴訟を提起したというものである。第1審が原告請求を認容したのち、財団は控訴審において反訴を提起し、主位的に絵画の廃棄への同意の意思表示を、予備的に執行官による絵画上への「贋作」との押印又は穿孔措置を請求した。この請求は、単に署名を除去するだけでは所有者に返還されたのちノルデの真作として流通するおそれから不足であることを理由とするものであったが、控訴審は財団側の請求をいずれも棄却し、財団が上告した。

上告審でも、財団側は一貫して「贋作」押印措置にこだわり、署名の抹消措置を請求しなかったが、最高裁は、認められるのはあくまで、公衆への提示・提供がなされる虞がある場合の「署名の抹消」にとどまり、財団が請求するような措置は、妨害排除のために不可欠な措置とは言えないとして、結論において控訴審判決を是認し、財団側の請求をいずれも斥けた。最高裁はその理由として、特定の芸術家のモティーフや様式は、抽象的な特徴であって、芸術の発展の利益のために自由であらねばならないものであり、一人の芸術家がこれを独占することはできないし、偽の署名がない限り、そのような絵画の所有権者による譲渡は自由であると述べる。著作権法上独占の許されないような作風やモティーフの選択が、一般的人格権を通じて結果的に保護されることを回避する必要性を考慮したものと思われる。