やや旧聞に属するかもしれないが、今回「八ッ橋事件」控訴審判決(大阪高裁令和3年3月11日判決 令和2年(ネ)1568号)[1]について、気になったことを思いつくままに書くことにする。

1 本件の事案の概要は、以下のとおりである。
 本件は、複数の製造販売事業者が競合する京銘菓「八ッ橋」の製造販売事業者間の不正競争事案である。
 一審被告(被控訴人)は、店舗の暖簾や看板、ディスプレイなどに、一審被告の創業または八ッ橋の製造開始が元禄2(1689)年である等の表示を付し、また商品説明書等に同様の表示を付した商品を製造、販売している(以下、上記表示を併せて「被告各表示」という)。
  本件の原審は、一審原告(控訴人)が、被告各表示は正当な根拠に基づかず、一審被告が製造、販売する商品及び役務の品質等を誤認させる表示であるから、被告各表示を表示する行為が、平成30年法律第33号による改正前の不正競争防止法2条1項14号(現行法20号。以下「20号」という)の不正競争(品質等誤認表示)に該当すると主張して、同法3条1項に基づく表示の差止め、同条2項に基づく上記表示を付した営業表示物件の廃棄、および同法4条(予備的に民法709条)に基づく損害賠償を求めたものに対し、一審原告の請求を棄却した。
 一審原告はこれを不服として控訴したが、本判決は原判決の判断を維持した。

 

2 次に、本件の争点及び判旨を簡単に整理する。
 本件での主たる争点は、20号の規制対象の範囲(争点1)及び被告各表示の品質等誤認表示該当性(争点2)である。
2-1 争点1について、本判決では、まず20号が規制対象となる事項が例示列挙するものか限定列挙するものかに関し、原審判決の「立法経緯に加えて、不正競争防止法では、20号の不正競争行為に対し、事業間者間の公正な競争の確保という観点から、民事上の措置として事業者による差止め及び損害賠償の請求を認めるだけでなく、不正の目的又は虚偽のものに限って刑事罰を設けているなどの強力な規制を設けているため(同法21条2項1号、5号)、不正競争行為となる対象について安易な拡張解釈ないし類推解釈は避けるべきであると言えることも併せて考えると、20号の規制対象となる事項は、同号に列挙された事項に限定される」との判断を支持した。
 次に、20号の「品質」「内容」の解釈について、「規制対象をたやすく拡張するような解釈は,規制範囲が不明確となって,事業者の営業活動を過度に委縮させるおそれがあり,相当でない」として、控訴人の主張を退け、「20号の定める『品質』『内容』に,これらの事項を間接的に示唆する表示が含まれる場合がありうるにしても,そのような表示については,具体的な取引の実情の下において,需要者が当該表示を商品の品質や内容等に関わるものと明確に認識し,それによって,20号所定の本来的な品質等表示と同程度に商品選択の重要な基準となるものである場合に,20号の規制の対象となると解するのが相当である」と説示した。
2-2 争点2について、本判決は、まず被告各表示が一審被告の菓子八ッ橋の品質、内容を直接表示するものではないとする。その場合においても、前述のとおり品質等誤認表示に該当し得るが、そのためには「当該表示が商品の品質や内容等の誤認を生ぜしめるものであることが必要である。すなわち,当該表示が,実際の商品の品質や内容等とは,客観的事実として異なる品質や内容を需要者に認識させるものであることが必要である」とし、「客観的に真偽を検証,確定することが可能な事実であることが想定されているというべきであり,客観的資料に基づかない言い伝え,伝承の類であって,需要者もそのように認識するような事項は,対象とならないと解するのが相当である」と説示した。
 そのうえで、本判決では、被告各表示に記載された被控訴人の創業年やこれに関連する八ツ橋の起源、来歴は、「客観的に真偽を検証、確定することが困難な事項」であり、そのことは「需要者に容易に認識されるものである」と認定し、20号の規制する品質等誤認表示に当たるとは認められないと判示した。
2-3 なお、アンケート調査において「八ツ橋」の購入に際して創業時期を考慮する消費者が約70パーセント程度は存在するとの控訴人の控訴審における補充主張に対して、本判決は、アンケートの質問は「現実の取引場面とは明らかに異なる場面を想定するもの」であり、「現実の菓子の購入場面においては様々な選択の要素があると考えられるところ,これらが被告菓子と原告の製品とでほぼ同じと認めるに足りる的確な証拠もない」と批判し、更に、八ツ橋の購入に際して創業時期を考慮するとした回答者が約70パーセントだとしても,「その中には『全く考慮しないとまではいえないが,あまり考慮しない』という意見を有する者を相当程度含む可能性も否定できない」と退けている。
 
3 以下、本判決について、考えてみる。
3-1 本判決は、不正競争防止法2条1項20号(本件では、平成30年法律第33号による改正前の不正競争防止法2条1項14号)の適用について、判断したものである。
 争点1の20号の規制対象の範囲については、従来から一般的に「同号はあらゆる表示の誤認惹起を規制するものではなく、同号の誤認惹起表示に該当するためには、同号に列挙された事実に関する誤認を惹起させるような表示でなければならない。もっとも、同号に列挙された事実を直接誤認させる表示をしていなくても、間接的に品質、内容等を誤認させるような表示であれば、誤認惹起行為に該当し得る」(経済産業省 知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止法(令和元年7月1日施行版)』147頁)と理解されてきた。
 本判決は、この従来からの理解のとおり、20号に列挙された事項は限定列挙である旨明確にした原判決の判断を支持することで改めて明確にした。同様の判断は、「ヤマダさんより安くします‼」表示事件第一審判決(前橋地裁平成16年5月7日判決 平成14(ワ)565号)でも示されている。
 さらに、本判決は、20号の定める「品質」「内容」について、従来からの理解であるところの「間接的に品質、内容等を誤認させるような表示」を含む旨の第一審判決の説示である「20号に列挙された事項を直接的に示す表示ではないものも,表示の内容が商品の優位性と結びつくことで需要者の商品選定に影響するような表示については,品質,内容等を誤認させるような表示という余地が残ると解するのが相当である。それは,取引の実情等,個別の事案を前提とした判断といえる」を取り消し、「具体的な取引の実情の下において,需要者が当該表示を商品の品質や内容等に関わるものと明確に認識し,それによって,20号所定の本来的な品質等表示と同程度に商品選択の重要な基準となるものである場合」より明確に説示した点が特徴的である。条文の文言に厳格に解釈する結果、20号の適用範囲は、従来理解されていたよりも狭いものとなったと考えられる。
3-2 争点2の品質等誤認表示該当性については、「客観的事実として異なる品質や内容を需要者に認識させるものであることが必要」とすることによって、「客観的に真偽を検証、確定することが困難な事項」については、品質等誤認表示該当性はない旨を説示した。同様の説示は、アセスメントサービス事件(東京地裁平成17年1月20日判決 平成15年(ワ)25495号)でもされているが、本判決では、「需要者もそのように認識するような事項」と追加の条件を付している。この争点2に関する説示は、争点1の適用範囲の解釈と相まって、20号の品質や内容について適用される外延をより明確にしたと考えられる。
 ただ、直接的な「品質」「内容」についての表示ではないものの、創業時期や製品製造開始時期について、多少古い時代のものではあっても表示者はその根拠を有しているはずのところ、「客観的に真偽を検証、確定することが困難な事項」であるとして、真偽不明の表示を広く許容すると理解できる論を展開したように思われる。また、被告各表示について、一審被告による「特段の資料を提示した説明がされている場合」ではないことをもって、「客観的な真偽を検証、確定することが困難な情報であるということを、需要者に容易に認識される」と認定している。これらの認定が適切であったのか議論があるところと考える。
3-3 また、アンケート調査を用いて、伝統菓子である「八ッ橋」の購入に際して創業時期を考慮していることを示し、その表示は品質等誤認表示に当たる旨の一審原告による主張に対して、特段の根拠を示すことなく「その中には『全く考慮しないとまではいえないが,あまり考慮しない』という意見を有する者を相当程度含む可能性も否定できない」とその数値を否定している。このアンケート調査に対する評価の仕方についても疑問が残る。
 一審原告はアンケートを実施するにあたり、京都の伝統菓子である「八ッ橋」を買うことを決めたうえで、どの販売者の「八ッ橋」を選択するかという場面を想定している、と思われる。そして、需要者・購入者にとっては、「八ッ橋」という伝統菓子であることが重要であり、販売者による「八ツ橋」の味や品質の違いがあるとの認識はない。そのため、販売者の創業時期がわかりやすい選択根拠となる。とりわけ海外からの旅行者には、この想定がより当てはまるように思われる。 
 一審原告が実施したアンケートでは、これらの点を十分に立証できているかどうかがポイントであったはずで、それに対する判断のみでよかったように思われる。
 
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[1] 令和3年9月14日上告不受理決定

 

〈 足立勝(招聘研究員)〉