成田空港付近に温泉があるのをご存じだろうか。あるホテルの中にある温泉施設なのだが、露天風呂も併設されている。例年のごとくRCLIPメンバーとともに、成田山新勝寺に詣でた帰り道、お湯につかっているところである。
 露天風呂の中でふと空を見上げると、中国国際航空の旅客機が飛んで行くところが目に入った。上海からやってきたのか、はたまた北京へと飛んでいくのだろうか。私の思いもこの飛行機とともに中国へと向かい、そして、四年半の留学生活の後、私も中国へ戻る時期が着実に近づいて来ていることに思い至った。中国への懐かしさと自分の行く道に思いを馳せ、お風呂の中で考えた。中国の知財はいったいどうなるのだろうか。
 目を閉じて、ふと頭に浮かんだのは今年中国で大きなニュースとなった知的財産専門裁判所の設立であった。2008年、中国の国家知的財産戦略として「知的財産の民事、行政、刑事案件を統一的に受理する知的財産専門法廷の設立を検討する」方針が打ち出された。そして、その五年後にあたる2013年年末の共産党第十八回三中全会では、知財専門裁判所の設立が正式に発表された。このような検討期間を経て、さらに一年間の生みの苦しみを経た今年の11月に、中国初の知財専門裁判所がようやく北京で誕生した。
 また、今回の知財専門裁判所は北京だけではなく、年内をめどに上海及び広州にも設立される方針である。中国は、年間特許・商標出願や知財訴訟の数だけから見れば、既に米国を超え、世界一の知財大国になったともいうことができる。しかし、知財保護及び知財裁判が未だ発展途上の水準に留まっていることから、「知財大国」でありながら、同時に「知財弱国」でもある。すなわち中国は、今回の専門知財裁判所の設立に伴い、知財保護を強化し、知財裁判の水準を向上させることによって、数の知財大国から質の知財強国へと変えていくことを狙っている。
 現時点では、国が知財強国を目指して大事な一歩を踏み出したことに、中国全体が歓呼しているところである。しかし、冷静になって考えれば、「知財大国」と呼ばれるその「大」の意味することが、年間出願・登録や訴訟の件数にあるにすぎない。では、「大国」の「弱」点は、いったいどこにあるのだろうか。
 極端な意見に見えるかもしれないが、その「弱」点は、「大」そのものの中に存在するように思う。「大」はそもそも悪いものではないが、「大」に対する有効な管理措置を取らないと、「乱」に繋がってしまう。つまり、中国の知財訴訟の問題は、膨大な訴訟事件に対して裁判所の数の問題ではなく、それぞれの訴訟において各裁判所の裁判基準が必ずしも統一的でないことにある。各裁判所の裁判基準が混乱すると、裁判上の予見可能性が低くなり、権利者の利益が保障できず、その結果全国的には知財保護が低水準に止まるといった問題が生じる。
 このような見地から考えてみると、中国知財の「弱」点の改善方法は、その「大」を「一」にすることにあると思う。すなわち、膨「大」な知財訴訟に対する各裁判所の裁判基準を統「一」することである。今回の知財専門裁判所の設立に際しても、現行の地域裁判制度を脱却して、全国の知財控訴事件を統一的に受理できる、唯一の高級規模の知財控訴裁判所が必要なのではないかと思う *1
 残念なことに、今回設立された北京の知財専門裁判所及び年内めどに設立する上海や広州の知財専門裁判所は、いずれも地方に存在する中級規模の裁判所である。三か所の中級規模の専門裁判所の設立が、中国の知財現状をどれぐらい改善できるかという点に疑問は残るものの、中国は、現在全力を挙げて、国の知財保護及び知財訴訟の向上への道を積極的に模索しているところである。まだ道半ばであるかもしれないが、その勢いは、中国の知財強国への脱却という夢は、きっと叶えられるのではないかと感じさせるものがある。
 思ったよりも時間がたったようだ。体も暖まり、そろそろ、ビールを飲むのにいい頃合いである。皆様にとって、2014年が良い年であり、また、2015年も引き続きよりよい年でありますように。

(RC 蔡 万里)

*1 この点につき、今年の6月28日にRCLIP主催の国際知財セミナーでは、中国知財法学会会長、中国人民大学知財法学院院長の劉春田教授は既に、中国の知財専門裁判所の設立は、地方レベルの専門裁判所ではなく、国の高級レベルの専門裁判所を設立すべきであることを指摘した。