魔法の箱

 みなさま、年度末のバタバタをどのようにお乗り越えになられたでしょうか。私事で甚だ恐縮に存じますが、近時足首の靱帯を断絶するというような滅多にないオモシロ事案が発生したこともあり、殊の外心落ち着かない日々を過ごしておりましたが、石神井川の桜並木が靄をたなびくかのように色付いたのに併せて、眼前に山積した仕事も霧散して(ないけど)、やっと人心地付いたところでございます。
 練馬にも、春がやって参りました。
 ところで、自宅の居間からその桜なぞを眺めつつ、NHKオンデマンド(NHKで放送された番組の有料配信サービス)で今更ながら「あまちゃん」などを鑑賞しつつ涙しておりましたところ、昨年のちょうど今頃に放送された「サイエンスZERO」という番組の「3Dプリンター「魔法の箱」の真骨頂!」という回が目に付きましたので、ビールをちびちびやりながら視聴致しました。
 なんでも、3Dプリンターさえあれば、自転車だって、機関銃だって、人骨だってつくれるとのこと。しかも、どんどん進化していると。樹脂を重ねるだけかと思っていたら、もう金属すらも印刷できちゃうと。将来は3Dプリンターでパソコンだってテレビだって印刷できちゃうと。米国を中心に3Dプリンター用のデータを販売しているサイトがあって、そこからデータをダウンロードしてきさえすれば、メガネでもオモチャでもちょっとしたアクセサリーでも、自宅の3Dプリンターで印刷できてしまうと。これは。。。確かに「魔法の箱」。
 しかし、番組が進むにつれて、「いやいやこれはまずいまずい。ビールなんて飲んでいる場合ではないではないか」と、おしりがむずむずするような感覚に襲われました。大丈夫なんでしょうか。どうなんでしょう。現行の意匠法は、果たしてこういう事態に対応可能な制度になっているのでしょうか。
 例えば、デザイナーがメガネのデザインを考える。そのデザインを3Dデータにしてネットにアップロードし、いくらかの値段を付ける。需要者はサイトでそのデータを購入した上でダウンロードして、自宅の3Dプリンターでメガネを印刷する。そして、使用する。需要者によるデータのダウンロード、3Dプリンターでの印刷及びメガネの使用は、いずれも「業として」(意匠法23項)の行為ではありません。デザイナーによるデータのアップロード行為及びデータの公開行為は、業としてではあるものの「実施」(法2条3項)には該当しないようです。意匠に係る物品を譲渡ないし展示等しているのではなく、単にデータを販売しているだけですから。つまり、仮に他人のデザインを完璧に模倣して、ネットにデータをアップロードする者がいても、その者の行為は、意匠法では規制できないということです。ちなみに、物品のデザインは著作権法では保護されないというのが通説ですから、3Dデータそれ自体がコピーされたのでもなければこのような行為を著作権法で取り締まりることは難しそうです。物理的な商品自体は流通しませんから、不競法のデッドコピー規制も、果たして役に立つのかどうか。。。
おそらく、これは意匠法の「実施」の定義を改正すれば足りるというような問題ですらありません。3Dプリンターがもっと発達すれば、それによって世の中は、本格的な多品種少量生産の時代に突入するはずです。気の利いた需要者は、ありもののデータを買ってきて、それを自分の気に入るように少し修正してから印刷するというようなことをするようになる。最終的には、道を走る自動車はどれもこれも同じではないというようなことになります。現行の意匠法は、少ない品種が大量に生産されることを前提として組み立てられています。根本的に、思想が異なります。
 もちろん、「道を走る自動車はどれもこれも同じではない」というような社会の実現は、もう少し先のことなのでしょう。しかし、まだまだ未熟な技術と対応に手をこまねいていると、わずかな間に川沿いの冬風景が一変するように、あっという間に時代は変わります。今年2月に発表された産業構造審議会の報告書「創造的なデザインの権利保護による我が国企業の国際展開支援について」は、意匠制度の国際調和に対して一定の方向性を打ち出しました。大いなる一歩です。データはいとも簡単に国境を越えます。そのようなデザインの包括的な保護にとっても、制度の国際調和は、きっと役に立つことでしょう。今後も、新たな時代に対応するよう漸次制度が進歩していくことに期待したいと思います。

(RC 五味 飛鳥)