2008年10月3日、早稲田大学小野梓記念講堂で国際シンポジウム「IPエンフォースメントin India」が開催された。シンポジウムは、基調講演とパネルディスカッションの2部構成で行われた。

基調講演では、デリー大学法学部教授であるS.K.Verma氏が「インドにおける知的財産権の行使の近年の特徴(Characteristic Of Indian IP Enforcement in Recent Years)」について、デリー高等裁判所判事であるArjan K. Sikri氏が「インド知的財産行使制度の特徴:司法の観点から(IP Enforcement in India)」について報告した。

Verma教授はまず、知的財産行使に関するTRIPSの規定を概観してから、知的財産行使に関するインドの制定法を説明した。インドの現行法は、TRIPS協定が定める範囲で知的財産権を行使できるよう、十分整備されている。インドでは、知的財産権行使は主として裁判所によって決定されるが、専門の知財裁判所はないという。

知的財産権に特化した法律以外に、その行使に関連した法律には次のようなものがある。

国境対策に関連する1962年関税法の第11条では、特許・商標・著作権の保護措置をとる権限を政府に付与している(「Gramophone Co. of India対B. B. Pandey」AIR 1984 SC 667)。またインド刑法第483条では偽造行為を違法としている。

知的財産法制に基づく行使として、知的財産法制は民事上、刑事上の救済措置を定めている。

特許法では差止命令(中間的差止命令を含む)、損害賠償、利益の計算という民事上の救済措置を定めている。また知的財産権を侵害している物品、材料、器具などはその押収、没収、破棄を命じられることがある(第108条)。また、故意の侵害には罰金ないし拘禁という刑事上の救済措置が設けられている。(第120条、第124条)

1999年商標法第135条では、侵害または詐称通用の救済措置として、差止命令(中間的差止命令、一方的差止命令、終局的差止命令)、損害賠償、利益の計算、侵害するラベルや標章の引渡しを規定している。刑事上の救済措置としては、5万~20万ルピーの罰金と6カ月~3年の拘禁が定められている。

1957年著作権法(改正)では、民事上の救済措置として、差止命令、損害賠償、利益の計算、費用が定められており、刑事上の救済措置としては、令状なし逮捕、最高3年の拘禁、最高20万ルピーの罰金が定められている。

著作権侵害事案は著作権委員会と裁判所が決定し、委員会と著作権登録官は民事裁判所と同じ一定の権限を持つ。裁判所はアントン・ピラー命令とあわせて差止命令、一方的仮差止命令を出すことができる。

著作権を侵害しているコンピュータプログラムの使用は違法であり、最高20万ルピーの罰金および7日~3年の拘禁が科せられる。

著作権法の執行状況を定期的に確認し、同法執行の改善策を政府に提言するため、著作権行使諮問委員会(CEAC)が1991年11月6日に設立された。現在のところ、インドではSCRIPT、PPL、IRROという4つの著作権団体が登録されている。これら団体も独自の著作権侵害対策チームを立ち上げ、警察や執行当局と協力して音楽/録音著作物の海賊行為阻止に積極的に取り組んでいる。

著作権行使に関しては、執行当局の連携不足問題で現実的な難しさがある。警察は一般的に、著作権侵害コピー(複製品)とオリジナルとの識別法や、複製品の作成に使われる機械についての知識が不足しており、著作権法制に対する関心が不十分であるからである。

海賊行為取り締まりにかかわる警察、司法、関税担当者は著作権法に関する教育研修を受け、さまざまな産業の著作権侵害の実態を把握しなければならない。娯楽産業が最大の被害者である。

裁判所は、文書の発見、侵害物品などの証拠の保全に関する暫定的命令とあわせて、一方的差止命令を発することができる。

①アントン・ピラー命令:裁判所が担当官を任命のうえ、侵害物品を調査、押収、保全する、または侵害物品を裁判所に提出することを前提に、押収した物品を密封して侵害者に返却する。

②ノーリッチ医薬品命令:第三者に情報開示を命じることができる。流通経路全体を明らかにすることで侵害活動の根幹を突き止めるため、物品の移動、数量、価額、裏づけとなる請求書などに関するきわめて有用な詳細情報を関税官や収税官などに開示させることができる。

③マレーヴァ型差止命令:被告の財産を凍結することができる。

④ジョン・ドウ命令:裁判所担当官は、侵害が行われている/いたと信じるだけの理由がある場所を視察する権限がある。インドで最初にジョン・ドウ命令が下されたのは、テレビ放送局とケーブルテレビ業者との対立事案に関してだった[Tej Television Ltd対Rajan Mandal, 2003, Delhi High Court]。デリー高裁は現在、この命令を偽タバコなどの物品にも適用している。

裁判手続の遅れのため、商標、著作権、特許のほとんどの事案では暫定的または終局的差止命令が主な救済措置である。また、着信音、デスクトップの壁紙の権利など、新しい権利の保護においても差止命令が出される。[Super Cassettes対Eros Multimedia & Anr. (2005)]

最後にVerma教授は、最近の判決では、裁判所は明らかに知的財産権所有者の支持に傾きつつあると、裁判所は新しい救済措置を絶えず導入していると強調している。損害賠償を認めるという文化が根付きつつあるが、例外的事案としてではなくルールの確立(損害賠償額算定の詳細メカニズムの案出)が必要であると指摘した。

侵害事案での主な救済措置は今なお差止命令(特に暫定的差止命令)がほとんどであり、知的財産権の裁判はまれである。地方レベルでの知的財産専門裁判所を検討すべきであり、高裁および最高裁で知的財産専門法廷を設置できないかと指摘した。

続いてSikri判事の基調講演があった。Sikri判事は、インドの成長のイニシアチブの要石としての知的財産法制の重要性をまず強調した。

インドにおいて知的財産問題に関する正しい認識と評価がされるに至ったのはここ十年ほどであるが、ほとんどすべての知的財産について国際標準と調和させるための整備を加えて、成長分野の発展をサポートし、新しい分野において知的財産制度を施工するための措置を講じてきたことを強調した。

また、商標のパッシング・オフ(Passing Off)に関する具体的事例としてHonda Motors Co. Ltd v. Charanjit Singh & Others事件を、称呼類似に関してはHitachi Ltd, Japan v. Ajay Kumar Agarwal And Ors1996 (16) PTC262事件を紹介した。アルファベット書体によるHITACHIに対して、ヒンディー語表記によるHITAISHI表記を、上訴人は商標権侵害とパッシングオフに基づき差し止めを求めてきた。裁判所は上訴を認め、HITACHIとHITAISHIは称呼上類似し、混同が起こる現実の危険が存在すると判断した。

差し止めInjunctionには中間的差し止め命令Interlocutory、本案的差し止め命令Perpetual、強制的差し止め命令Mandatoryがあるという。

司法の役割としては、法の解釈を行う一方で、新たな原則の展開、現存する概念・原則の発展をさせ、裁判官が新しい状況に法を対応させることであるとした。

インド知的財産に対する3つのチャレンジとして、1)市場の力:経済的アプローチ、2)発展の圧力:知的財産権と不正競争、3)革新的解釈を挙げながら、特に市場の力に関しては、グローバリゼーションと急速な技術の増殖という現状況の中で、知的財産権と伝統的知識の両方を保護することは海外直接投資と技術移転を促進するとしながら、国が強い知的財産法制を維持するために必要なより多くのFDIを得ることが必要であるとした。FDIは金銭的な問題だけではなく、他の国々と結びついたビジネスと技術の強化のためにも重要であると強調した。

知的財産に関する新しい解釈の問題に関しては、知的財産権の侵害者は法の厳密な文言の下ではカバーされなく、革新的な手法を用いる必要があるとしながら、インドの裁判所は知的財産権を保護しこれを行使するための顕著な貢献してきたと、その例として、「新しい差止め、差止対損害賠償、国際的名声の承認、トレードドレス、デザインと著作物、禁反言・遅延・黙認、管轄、ドメインネーム、秘密情報・データベース、娯楽産業における著作物、著作者人格権、公正取引、製品への非難、地理的表示の保護」などをあげた。

基調講演の後は、パネルディスカッションが行われた。

パネルディスカッション

デリー大学Poonam Dass博士、Girija Varma弁護士、Manoj G. Menda弁護士を招き、RCLIPセンター長高林龍教授及びJim Patterson米国特許弁護士がコメンテーターとして参加し、ワシントン大学竹中俊子教授(早稲田大学客員教授)の司会により、引き続きパネルが行われた。

まず、Dass博士から、インドにおける著作権の権利行使について、著作権法の具体的な規定の内容を中心に、その概要が報告された。報告中博士は、特に同国での海賊行為に焦点を当て、音楽、ゲーム、テレビ番組、映画、コンピュータソフトウェアの分野を中心に海賊行為によってインド全体で1600億ルピーの収益が喪失し82万の雇用が喪失しているとの統計があることなど、詳細な数字を示しつつ被害の大きさを述べ、これに対し音楽や映画の分野の著作権者団体と警察組織が連動して侵害対策が行われその実効が上がりつつあることなどの国内での侵害防止への取り組みを説明し、また、今後このような海賊行為の取り締まりにあたっては、警察に対する教育及び国民の意識向上が必要であることを指摘した。

Varma弁護士からは、特許制度に関する報告がされた。報告においては、現行法制定前になされた種々の特許法改正の内容が時系列的に解説され、引き続き2005年の現行法について、その内容が網羅的に詳しく解説された。特に、主要な特許要件である新規性、進歩性、産業上利用可能性について、これらを判断した裁判例などを示しつつ、その内容が説明がされた。

Menda弁護士からは、商標権の行使を中心とした報告がされた。商標権侵害事件はムンバイとデリーの高等裁判所がその大半を扱っていること、インドではまだ損害賠償というものについての考え方がまだあまり発展していないことなどのような、インドの商標権侵害事件に関わる環境の紹介とともに、特に外国の周知商標が同国でどのように保護されているかという点について複数の裁判例を挙げて解説がされた。また、インド商標法特有の問題として、警察が侵害事件を捜査するにあたっては商標庁長官の意見を聞かなければならないとする規定が同法に存在しており、このような規定の存在が、事件の迅速な解決を阻む負のポイントとなっている点などが併せて指摘された。

以上に引き続き、2名のコメンテーターからのコメントがされた。Patterson弁護士からは、同氏がインドに滞在していた経験があることを基に米国特許弁護士の立場からのコメントがされた。特に、米国が現在特許に関する作業を積極的にインドにアウトソースしていることに触れた上で、しかし同じ英語を話すとはいえインド英語とアメリカ英語は異なるので明細書の記載等に不備が生じる可能性があることや、インドの特許専門家はその経済状況などを背景にすぐに転職をしてしまうという事情があり、専門家に対する教育等の関係で問題が生じていることなどが指摘された。

また、高林教授からは、当センターが2007年11月に行った「IPエンフォースメントin ASIA」などでの経験を踏まえつつ、例えばインドにおいて物質特許が認められていなかったという事情は過去の日本においても同様であり、また、日本での権利行使も過去は差止めが中心で損害賠償のようなものはあまり注目されていなかった点などを指摘し、このような中から発展してきた日本の経験をベースとすることによって、インドとの間でも有効な議論が可能ではないかとの感想が示された。

以上に引き続き、基調講演を行ったVerma博士及びSikri判事を加えパネルディスカッションが行われ、また、会場からもパネリストに対する質問がされた。詳細については、本年春に発行される紀要に掲載予定の講演録を参照されたい。

〔ニュースレター No.19〕