🔭 著作物に表現された思想又は感情の享受(桑原俊)
著作権法改正案[1]が第196回通常国会で審議されていたが、衆議院を4月17日に、参議院本会議を5月18日に通過し[2]、可決成立した(5月25日公布。平成30年法律第30号)。
これを機会に、気になっている点について述べてみたい。
改正の概要は、文部科学省の資料[3]にあるとおり、4点。「①デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備(第30条の4、第47条の4、第47条の5等関係)、②教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備(第35条等関係)、③障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備(第37条関係)、④アーカイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等(第31条、第47条、第67条等関係)」であり、これは、2017年4月に公表された、文化審議会・著作権分科会報告書[4]の第1章~第4章に対応している。
この中で、インパクトの大きいのは、①の柔軟な権利制限規定であろう。これ自体は、前述の著作権分科会報告書に至る過程において様々議論されたので、ここで繰り返すことはしない。条文をみて、気になった点を述べるにとどめる。それは、改正法(以下、その旨の記述は省略する)30条の4の、「著作物に表現された思想又は感情」の享受という点である。
30条の4は、以下のような規定である。(下線は筆者。以下同じ)
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
つまり、改正法では、「著作物に表現された思想又は感情」を享受するかどうかがポイントになっている。他方、著作権分科会報告書の段階では、「著作物の表現の享受を目的としない」等の書きぶりであり[5]、「表現」を享受するかがポイントになっている。「表現の享受」から、「表現された思想又は感情の享受」に、なぜ変わったのだろうか。
著作権分科会報告書では、罪刑法定主義との関係もあって、文言についても様々検討がされていたのだが[6]、結構な変わりぶりのように思える。「利用している以上、表現を享受しているはずだから、『表現の享受』基準はおかしい」旨の指摘でも出たのだろうか。
とはいえ、「著作物に表現された思想又は感情」の「享受」という基準によって、分かりやすくなったかといえるかというと、結構微妙である。
絵画や写真や音楽の場合特に顕著になると思うが、著作物に表現された思想感情というのは、探求が難しいのではないか。もちろん、改正法も、「著作者の真の意図を探れ」と言っているわけではないだろうが[7]、「著作物に表現された思想又は感情」と条文にある以上、訴訟になった場合は、「著作物に表現された思想又は感情」なるものを、被告が著作物からあぶり出し(?)、「自分の行為はそれを享受していない」と主張立証するのだろうか。原告=著作者のことが多いと思われるが、被告が著作者を前にしてそのような主張立証をするのは、少し奇妙である[8]。
30条の4は各号があるので少し見てみると、第1号は、従来でいえば30条の4の技術開発等の用に供するための利用だろうし、第2号は、従来でいえば47条の7の情報解析に対応するのだろう(第3号は、従前の条文に対応するものがない)。イメージできなくはないのだが、とはいえ、柱書で、「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」となっているから、結局、キー概念になるのは、やはり、「表現された思想又は感情」の「享受」である。
昨今、サイバーセキュリティの重要性が説かれて久しいが、例えば、マルウェアの解析を行うのは、「表現された思想又は感情」の「享受」をしていないとして、30条の4で読めるのだろうか。
リバース・エンジニアリングについては、著作権分科会報告書において、「プログラムの機能の享受に向けられた行為ではないことから、権利者の対価回収の機会を損なわないものとして、権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型(第1層)に当たると整理できるものと考えられる。」とされており[9]、法制化する方向性は示されていた。また、知的財産戦略本部 検証・評価・企画委員会での文化庁の説明資料では、「サイバーセキュリティ確保等のためのソフトウェアの調査解析(リバース・エンジニアリング)」も、30条の4に含めることを想定している[10]。
マルウェア解析行為が、著作権法上明確に適法化されてほしいと思うが、「マルウェアに表現された思想感情を享受していないから適法なんです」と説明するのも、技術者の人たちに伝わるだろうかと、何か引っかかりを覚えてモヤモヤするのも事実である。
他にも、30条の3などに、「いずれの方法によるかを問わず」との文言が挿入されたことから、他の条文は反対解釈することになるのか等、気になることはあるのだが、紙幅の関係もあり筆を置く。モヤモヤする箇所が、立案担当者解説等で明らかになっていくことを期待するところである。
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[1] http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/kakutei/detail/1405213.htm
[2] http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/196/meisai/m196080196028.htm
[3] http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/kakutei/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/21/1405213_01.pdf
[4] http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/h2904_shingi_hokokusho.pdf
[5] 前掲注4・38頁
[6] 例えば、前掲注4・36頁には、以下の記述がある。
「『享受』の辞書的な意味から、『著作物の表現から効用を得ることを目的とした利用』との意味を理解することは可能であり、また、当該規定の対象となる行為の具体例として法第30条の4に規定する技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用、法第47条の5第1項第2号に規定するバックアップのための複製、法第47条の7に規定する情報解析のための複製といった既存の規定が存在することなどを踏まえると、通常人の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に行為が当該規定の適用を受けるものかどうかの判断を可能とする基準を読み取ることは十分可能であり、明確であると考えられる。」
[7] 第196回国会・衆議院文部科学委員会(2018年4月11日)では、畑野君枝衆議院議員と林芳正文部科学大臣との間で、以下のやりとりがある。(下線は筆者。漢数字は算用数字に置き換えた)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/196/0096/19604110096006a.html
○畑野委員 [前略]法案第30条の4の「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とは、具体的にどういうことですか。
○林国務大臣 この30条の4にある享受ということでございますが、一般的な語義としては、「精神的にすぐれたものや物質上の利益などを、受け入れ味わいたのしむこと。」これは広辞苑でございますが、そういうふうになっております。
ある行為が新第30条の4に規定する著作物に表現された思想又は感情の享受を目的とする行為に該当するか否かは、立法趣旨や、さきに述べました享受の一般的な語義を踏まえまして、著作物等の視聴等を通じて視聴者等の知的又は精神的な欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断されることになると考えております。
ちょっと難しげですが、音楽を、CDがあった場合に、聞けば、精神的、知的じゃないかもしれませんが、享受できるわけでございますが、ジャケットを見ただけではなかなかそういうわけにいかないとか、いろいろな言葉の意味としてはあると思いますが、平たく言うと、自分が享受をする、視聴者等の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否か、こういう観点から判断されることになると考えております。
この「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」としては、例えば、録画技術の開発過程におきまして、録画が正確に行われているかということを確認するために放送番組をやってみるということで、放送番組を見て享受するということではない、こういうことであったり、それから、人工知能に読ませるための学習用データとして著作物を利用する行為、人工知能が読むわけでございますので、人間ではありませんから、そういう利用ということが想定をされるのではないか、こういうふうに思っております。
[8] かといって、原告が、「被告は、原告の著作物に表現された思想又は感情を享受している」との主張立証をするという形だとすると、従来、原告はそのような主張立証する必要は無かったのに、被告が30条の4の抗弁(と呼ぶのかどうか分からないが、さしあたりこう呼んでおく)を出した途端、著作物に表現された思想感情の被告による享受を主張立証する必要に迫られることになることになると思われ、それはそれで少し奇妙な気がするのである。
[9] 前掲注4・43頁。なお、著作権分科会報告書を紹介するものとして、水田功「著作権行政をめぐる最新の動向について」コピライト57巻679号(2017年11月)参照。
[10] 知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会(産業財産権分野・コンテンツ分野合同会合(第5回))2018年4月2日の資料2-4「文化庁 説明資料」の5頁
なお、兎園氏のブログ「無名の一知財政策ウォッチャーの独言」も参照。
http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-ff3d.html
/ 桑原 俊 (RC)