🔭 まね(真似)の語源(結城命夫)

知的財産権に関する書籍には「模倣」というワードがよく出てくるが、ふと気になった。「模倣」と「真似」と「パクり」は区別があるのだろうか。更に、「まね」の語源は何だろうか、「真似」はマニと読んだ方が解り易くないか、など疑問が広がった。

法学的な用法はさておき、辞書のうえではどうなっているだろうか。様々な辞書を引き比べることにした。ネットサーフィンという楽しみ方があるのなら、これは辞書サーフィンと言えるかもしれない。

1.模倣と真似の意味の違い

  多くの国語辞典を見たが、「模倣」と「真似」の意味そのものは大差ないように思えた。単語の意味を追求するよりは、使い分けを調べた方が良さそうだと思い直し、類語辞典を調べることにした。
(1)「模倣」
 
まねに比べると反道徳的な行いの意味合いがある[1]悪いニュアンスが伴いやすい [2]。といった違いを解説している辞典がある。(下線は辞典からの引用。以下同様)
   一方で、芸術など、抽象的な事柄をまねるという意味で使われることが多い[3]と解説している辞典もある。
(2)「まね」
  くだけた会話から文章まで幅広く使われる日常の和語、一方の「模倣」は、改まった会話や文章に用いられる、やや硬い感じの漢語だとする解説になっている[4]

 このあたりが知財分野で「模倣」というワードが多用される理由だろうか。

2.「まね」の語源
ここでは三つのことが解った。
(1)「まね」は「まねぶ」から来ている。
 
新明解語源辞典[5]に平易に記述されていた。『大言海』は「まねぶ」の語根とする。「まねぶ」は「まなぶ」と同源であるが、まねすることがもとの意味であった。まね、まねぶ、まなぶはともに平安期初期から用例がある。漢字表記系「真似」の例が現れるのは中世以降でそれ以前は仮名書きが普通であった。別の辞典には、真似と書くようになったのは14世紀頃からのよう。〝ま″と〝真″は直接の関係はなく、一種の接頭辞のようなもの、〝ね″は〝に″の音の転と考えてよさそうだ、と載っている[6]

 枕草紙にある「鸚鵡いとあはれなり。ひとのいふらむことをまねぶらむよ」(枕草紙・41・鳥は)は一例である。

(2)「まね」には「效」という漢字があった。
 霊異記(822年頃の成立と言われている)に「效」の字をマネとして使っている文例がある。「切膾為效、噉完為效ナマスヲキルマネヲシ、シシヲクラウマネヲス」の文例が辞典には載っている[7] 、[8]
  更に「字訓[9]」には「效」の字が「模倣」と関係があるとの説明がある。つまり、「效」は「効」のもとの字であり、ならうことを「倣効ホウコウ」という使い方がされていた。後に「ならふ」ときの意には「倣」の字を用いて「模倣」と言うようになったと載っている。 

(3)「まね」は真根子の説話から始まった。
 応神天皇の時代「讒言によって武内宿禰が殺されそうになったとき、宿禰に似ていることで身替りになって自刃した壱岐真根子(いきのまねこ)」の話から、是ヨリ眞根ト云フトゾ、と説明している辞典がある[10] 、[11]

3.漢和辞典における【真似】の扱い

 漢和辞典にもいろいろある。「真似」の読み仮名を知りたくて漢和辞典を引いても<マネ>に行き着かない辞典もある。辞典を選ぶ時は注意が必要だ。
(1)【真似】は和語である。
 
漢字で示された熟語には、「漢語」と「和語」がある。【真似】は、元々は仮名書きの「まね」で、後に漢字が宛てられた訓読みの言葉であるから和語であるとされる。
 漢和辞典には、「漢語」のみを対象にしている漢和辞典と、「漢語」も「和語」も含めて日本語としての漢字を対象にしている漢和辞典とがある。後者の漢和辞典を手に取らなかったら【真似】には行き着かないのである。図書館や書店に行けば20種類以上の漢和辞典に接することができる。【真似】が載っているか否かをチェックしてみるのも楽しい。
 もっとも、大漢和辞典[12] 、大漢語林[13]には【真似】が載っているが<シンジ>と音読みで載っているのでこれまた複雑だ。

(2)小学生向けの漢和辞典  
 興味を引いたのは小学生向きの漢和辞典であった。三省堂例解小学漢字辞典[14]には【真似】が載っているが、旺文社小学漢字新辞典[15]には【真似】は載っていない。ページ数の都合と言われればそれまでだが別の理由かもしれない。同じ旺文社発行でも中学生向けとされている旺文社標準漢和辞典[16]になると【真似】が載っている。

(3)新聞では【真似】の漢字を使わない
  最後に、新聞社が使う用語集を確認した。新聞各社は記者向けの辞典のようなものを作り、それを基本にしている。共同通信社の記者ハンドブック[17]によると、「真似」は使用せずに「まね」と表記することになっている。「似」が漢字表にない音訓であるためのようだ。
 新聞各社が出している新聞用語集は市販もされていて、これを読むのも秋の夜長には格好だ。

以上、オタクと言われそうな言葉遊びだった。きちんと国語学者に話を聞いてみたいものだ。知財のことから横道に逸れてしまった。
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[1] 三省堂類語新辞典 中村明(主幹) 他(三省堂、2005.11.20)

[2] 日本語 語感の辞典 中村明(岩波書店、2010.11.25)

[3] 類語大辞典 柴田武、他(講談社、2004.2.10)

[4] 前掲2 日本語 語感の辞典 中村明(岩波書店、2010.11.25)

[5] 新明解語源辞典 小松寿雄 他(三省堂、2011.9.10)

[6] 『宛字』の語源辞典 杉本つとむ(日本実業出版社、1979.11.)

[7] 大言海(新編) 大槻文彦(冨山房、新編版昭和57年2.28)

[8] 新訂字訓 白川静 (平凡社、2005.10.14)

[9] 前掲8 新訂字訓 白川静 (平凡社、2005.10.14)

[10] 前掲7 大言海(新編) 大槻文彦(冨山房、新編版昭和57年2.28)

[11] 日本語源大辞典 前田富祺(監修)(小学館、2005.4.1)

[12] 大漢和辞典 諸橋轍次(大修館書店、修訂版 昭和61年5.1)

[13] 大漢語林 鎌田正 他(大修館書店、平成10年4.25)

[14] 三省堂例解小学漢字辞典 第五版 林四郎他監修(三省堂、1999.10.1 )

[15] 旺文社小学漢字新辞典 第四版 尾上兼英(旺文社、1987.10.20)

[16] 旺文社標準漢和辞典 第六版 遠藤哲夫 鉾(旺文社、2011.11.21)

[17] 記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集 (共同通信社、2016.3.24)

 <事務局 結城命夫>  

 

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