🔭身近な知的財産(加藤幹)

 学生時代、日清食品さんには大変お世話になった。バイトに明け暮れ、暇があればバイクでふらふらと旅に出ていた自分にとってお金と時間を節約できるインスタントラーメンは生活に欠かせないものであったからだ。
 あれから四半世紀が過ぎ、大学生を相手に知的財産法を教える立場になった今も、やはり日清食品さんには大変お世話になっている。日清食品さんの知的財産を一般教養科目における講義の教材として利用させてもらう、という意味においてであるが。
 今回は、講義で利用している日清食品さんの知的財産について話をしたい。

1.チキンラーメン(その1)
 チキンラーメンの特許はふたつある。ひとつは「即席ラーメンの製造法」(特許第299524号)であり、もうひとつは「味付乾麺の製法」(特許第299525号)である。前者は日清食品が出願したもの、後者は他人が出願したものを後に日清食品が買い取ったものである[1]
 特許請求の範囲をみると、両者の違いはスープを麺にまぶす方法にあることがわかる。日清食品が出願した方は「…濃縮調製した調味液を加温したものを前記麺条群に再び冷風供給下に噴霧注加して浸透保有させ…」というものであり、日清食品が買い取った方は「…調製された濃縮スープ中に蒸茹済麺を浸漬して十分に吸収させ…」というものである。要するに濃縮スープを麺に噴霧するか濃縮スープに麺を浸漬するか、という点が異なるのである。
 ところで、勤務校の最寄り駅から一駅の大阪府池田市には安藤百福氏がチキンラーメンを発明した地にカップヌードルミュージアムがあり、その中に設けられている工房「チキンラーメンファクトリー」ではチキンラーメンの手作りを体験することができる。実際に体験してみたが、生地を捏ねて伸ばして…という作業はなかなかに楽しいものである。しかも、出来立てで油が酸化していないせいか市販のチキンラーメンよりもスープの色が薄く味もよかった。
 チキンラーメンの手作り体験中に工房内でチキンラーメン製造工場のビデオが上映されていたが、何気なくそのビデオを見ると濃縮スープに麺を浸漬する方法が採用されていた。日清食品は自社の独自技術に拘泥することなく合理的な選択をしているようである。
 特許権は譲渡することができることを学生に説明すると、毎回の講義の終わりに受講生に課している受講カードに「意外だ」という感想が書かれることが多い。特許権を人格権的なものとして捉えている学生が多いのかもしれない。そこから財産権と人格権の違いや人格権としての発明者名誉権などに話を展開することもある。

2.チキンラーメン(その2)
 日清食品は、2003年にチキンラーメン発売45周年を記念してチキンラーメンをリニューアルし、麺塊に「たまごポケット」と称するたまごを乗せるためのくぼみを設けた[2]。また、2008年にはチキンラーメン発売50周年を記念してチキンラーメンを再度リニューアルし、「たまごポケット」を白身の真ん中に黄身が位置するようにした「Wたまごポケット」に進化させた[3]
 この「たまごポケット」が日清食品の発明かというと、どうやらそうではなさそうである。特許情報プラットフォームで日本の特許文献を全力で検索した限りにおいては、たまごポケットに関する最先の出願は1994年に個人がした実用新案登録出願(実用新案登録第3011388号)であったし、自社の発明をWebサイト等で積極的にPRする日清食品が「たまごポケット」を自社の発明であるとPRしたという事実は見あたらない。これらのことから自分はそのように推測している。
 そして、当時の実用新案権の存続期間は出願から6年であったから、日清食品はこの実用新案権が消滅してから「たまごポケット」を採用したことになる。
 こう紹介すると学生から「日清食品さんセコい!」という声が上がりそうだが、社会をより便利で豊かにするために権利が消滅した発明は自由にどんどん利用してこそナンボであるということを初回の講義でいつも強調しているためか、受講カードにそのような感想が書かれたことは一度もない。
 また、「Wたまごポケット」については日清食品が意匠登録をしている(意匠登録第1352447号)。これは発明を意匠権で保護した事例としてうってつけである。

3.カップヌードル(その1)
 カップヌードルが発売されたのは1971年9月であるが[4]、その約半年前の1971年3月に日清食品により「容器付きスナック麺の製造方法」の特許出願(特許第924284号)と「熱湯注加により復元するカップ入りスナック麺」の実用新案登録出願(実用新案登録第1428858号)がされている。
 カップヌードルの構造の特徴のひとつとして、逆円錐台の形のカップの中に同じく逆円錐台の形の麺塊が宙吊りに納められているという点が挙げられる[5]。この点は上記の出願に記載されている。
 また、カップヌードルの製造方法の特徴のひとつとして、安藤百福氏がある晩ふと閃いたという、カップの中に麺塊が水平に納まりうまい具合に宙吊りになるようにするために、円錐台形の麺塊に円錐台形のカップをかぶせてからひっくり返すという工程が挙げられる[6]。カップに麺塊を投下するのでは麺塊がうまく納まらないというのである。しかし、この工程は上記のいずれの出願にも記載されていない。
 一方、この特徴的な工程を工業的に実現する量産装置が、カップヌードルの発売からわずか数か月後の1971年11月に、当時日清食品があった大阪府高槻市からほど近い京都市の機械工業会社から「固形塊状物の充填方法及びその装置」として特許出願されている。その発明の詳細な説明には、固形塊状物の具体例としては「截頭円錐形(筆者注:円錐台形と同義)に成形された乾燥ラーメン」が示されているのみであり、そしてその特許出願は、出願公告後(特公昭52-44276号)に異議申立があり、拒絶されている。
 これらのことと、食品メーカーである日清食品がカップヌードルを量産するための製造装置を自社でイチから作製するとは考えにくいという話をすると、学生は営業秘密不正開示や冒認出願を想起するようである。そこから営業秘密は漏れたら元には戻らないことや特許権移転登録請求権の必要性などに話を展開することもある。

4.カップヌードル(その2)
 生協で「CO-OP NOODLE」というカップラーメンが販売されている。カップヌードルとの比較写真を撮ったので紹介する。

 この販売は、一見カップヌードルの登録商標(商標登録第1183902号)

                                                                                                  に係る商標権侵害ではないかと思えるが、CO-OP NOODLEの外装からは、この商品は生協と日清食品が共同開発し日清食品がOEM生産をしているものであることが理解できる。そうするとCO-OP NOODLEは日清食品のセルフパロディであり、商標法上(そして不競法上も)問題ないということなのであろう。
 こうしたセルフパロディを許容する社風には大阪発祥の企業らしさを感じ、自分としては好感が持てる。ただし、受講カードの感想には「一度ガチで間違えたことがあるので勘弁してほしいです」というものもあったことを付け加えておく。
 CO-OP NOODLEを試してみたところ、スープはカップヌードルとの違いがわからないが、麺は違いがはっきりとわかった。スープの香りから予想されるいつものカップヌードルの麺の味とまったく異なる味を舌に感じたので、夏の暑い日にガラスの水筒に入っている焦げ茶色の液体を麦茶だと思って飲んだら麺つゆだったというのと同じような混乱状態に一瞬陥ったが、これは学生時代日清食品さんにお世話になり過ぎたせいかもしれない。

5.その他
 カップ焼きそばの二重シール蓋を上下のシールを同形としつつ、二重シール蓋のつまみの根元を下側のシールのみを切ったものとすることにより、二重シール蓋の生産効率と湯切り穴の形成しやすさ(上側のシールの剥がしやすさ)とを両立した特許発明(特許第4190625号)[7]や、

                                                                                                                                                                                
具入り乾燥ごはんをお湯で戻すにあたり、軽く振動を与えると具と米の比重差により具が上に浮いてくるので、その後容器内壁にそってお湯を注げばごはんの上に具が載った状態の見栄えよい仕上がりになるという、業として実施する機会がないのではないかと思われる[8]ような発明(特開2020-32号)など、講義のネタには事欠かない。

 以上紹介したように、日清食品さんには今でも大変お世話になっているのであるが、上述のカップヌードルミュージアムの南方2kmにある自宅では部屋のレイアウトの都合上南北方向にベッドを置いているので、北枕を避けるために、堪え難きを堪えて毎晩カップヌードルミュージアムに足を向けて熟睡している。日清食品さんには申し訳なく思っている。

----------------------------------------------------------------
[1] 高木まさき監修『時代を切り開いた世界の10人 レジェンドストーリー 6巻 安藤百福』(学研プラス,2014年)74〜75頁
[2] https://www.nissin.com/jp/news/589(2020.7.22確認)
[3] https://www.nissin.com/jp/news/1309(2020.7.22確認)
[4] https://www.nissin.com/jp/about/history/topics/575(2020.7.22確認)
[5] 前掲注1) 110〜111頁
[6] 前掲注1) 74〜75頁
[7] その原型となる考案は1975年に出願され登録されている(実用新案登録第1498635号)。
[8] とはいえ、インスタントラーメンを調理して提供する店もあるようなので、この発明を業として実施する機会がまったくないとはいえないであろう。

〈加藤幹〉

Previous
Previous

🔭弁護士事務所設立物語(三村量一)

Next
Next

🔭コロナ禍転じて福となす?日米大学教育オンライン化(竹中俊子)