🔭リツイート事件最高裁判決の周辺(桑原俊)
以前、本コラムで、自炊代行事件の地裁判決が出された際、正面から検討せずに、周辺的なことをあれこれ書いたことがある[1]。今年の7月21日、リツイート事件最高裁判決が出された[2]が、本判決について、既にウェブ上では様々な検討が見られるし[3]、法律雑誌等でも正面から検討する評釈は様々出てくると思うので[4]、またぞろ周辺的なことを書いてみることにする。
なお、本件の氏名表示権の判断の射程が同一性保持権にまで及ぶのか、という点は、おそらく正面から論じるべき問題であり、周辺的なことではないので、本稿では取り上げていない。
1 刑事責任
最初に気になったのは、本件のように無断リツイートしたユーザーは刑事責任を問われるのかという点である。紀藤正樹弁護士が、「日本の過去の例から見ると、検察庁は確実にテストケースとして(民事判決を受けて)刑事事件になるような事案を選んでくるはず」であり、「(刑事事件の判例とするため)RTが多い人などをターゲットにする可能性がある」と述べている[5]。
著作者人格権侵害の罪は親告罪であるところ(著作権法123条1項)、無断リツイートされた著作者の多数が告訴を行うとも思われない。とはいえ、告訴はなくとも捜査機関が捜査を行うことは(理論上は)できるわけなので[6]、やはり気になる点である。例えば、捜査機関が、twitterのとあるアカウントを特定したいと思ったとき、当該twitterの過去ツイートを閲覧して、「名前入り写真をリツイートしたため氏名表示権侵害状態になっているものがあるかどうか」をチェックして、もし該当があれば、そのツイートを基に、芋づる式に手繰っていく…というストーリーは、杞憂であってほしいところである。
2 著作権の問題はクリアされていた場合
柿沼太一弁護士が具体例を挙げている[7]ので、引用すると以下のとおりである。
「地方自治体とクリエイター間で、ゆるキャラの画像制作委託規約を締結。著作権は地方自治体に譲渡する内容の著作権譲渡契約書を作成したが、著作者人格権不行使特約は交わしていなかった。
ゆるキャラ画像が完成。著作権の譲渡を受けた地方自治体が、ゆるキャラ画像(クリエイターの氏名が記載された画像)をツイート。当該画像ツイートがトリミング表示されるリツイートをした者に対して、クリエイターは著作者人格権(氏名表示権や同一性保持権)を行使することが可能となり得る。」
判決のロジックをあてはめると、そのとおりである。同一性保持権については判決で述べられていないから措くとしても、氏名表示権についてはそうなる。
リツイート事件の事案自体は、元画像が違法にアップロードされたものであったから、法律論はさておいて、心情的にわからなくはない面があるものの[8]、上記のような事例で氏名表示権侵害というのは、(「著作権と著作者人格権は別の権利である」というのは重々承知しつつも)違和感を覚えるのも確かである。著作者人格権の不行使特約を交わさないのがいけなかったのだ、という指摘はあろうが、著作者が著作者人格権の行使を留保したい場合もあるだろうし、釈然としない面が残るのも確かである。
実務上は、「twitterユーザーがツイートするとtwitterの仕様でトリミングされてしまいますが、twitterユーザーが侵害者になってしまうのは本意でないでしょうから、その点については著作者人格権を行使しないでください」とでも説得するのであろうか。
3 アーキテクチャ
昨今、情報法の分野において、「アーキテクチャ」が注目を集めているが[9]、この問題も、twitterのアーキテクチャが重要な役割を果たしていると思われる。twitterでツイートした写真が、トリミングされる仕様なのは、閲覧者にとって見やすいようにするためと思われるが、AIも取り入れて、最適なトリミングを模索しているようである[10]。twitterにとっては、そのような取組み(創意工夫?)を、著作者人格権侵害と言われてしまうのは釈然としないだろうし、他方で、氏名表示をトリミングされたくない、という著作者がいるのであれば、その思いを汲むのが著作者人格権であるとも思える。アーキテクチャの設計者としては、難しい舵取りを求められるだろうし、それを法で規律するのがベターなのかという問題もあろう[11]。ちなみに、氏名表示権について定める著作権法19条には、3項という一般条項的な規定があり、本件は、まさに同条項の適用が問題になるべき事案だったようにも思われるのだが、これについては、裁判所の判断は示されなかった[12]。
4 林景一裁判官の反対意見
周辺問題を書くついでに、というわけではないが、林景一裁判官の反対意見について(最高裁判決の反対意見の検討は、そもそも周辺的な問題ではないはずであるが、その点はご海容を)。次のような箇所がある。
「画像そのものが法的、社会的に不適切であって、本来,最初の投稿(元ツイート)の段階において発信されるべきではなく、削除されてしかるべきであることが明らかなもの(例えば、わいせつ画像や誹謗中傷画像など)については、その元ツイートはもとより、リツイートも許容されず、何ら保護に値しないことは当然である。」
上記反対意見は、「典型的なわいせつ画像」、「典型的な誹謗中傷画像」を想定しているのであれば、それはそのとおりだと思うのだが、わいせつ画像や誹謗中傷画像が、そう簡単に一見して明らかではない場合も多分にあるのではないか。一律に、「リツイートも許容されず、何ら保護に値しない」と言い切っていいのかどうか、ここもモヤモヤする。
筆者の頭はいつも以上にまとまらない状態である。
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[1] https://rclip.jp/column_j/20131128-2/
[2] 最三判令和2年7月21日
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89597
田村・後掲注4での、簡明な紹介を引用すると、「システム上、リツイートに必然的に伴うトリミングにより元ツイートにあった著作者名が落とされて表示されたことについて、氏名表示権侵害を肯定する判断を下した」判例ということになる。
ちなみに、明治大学IPLPIで、本判決をテーマにシンポジウムが行われるとの由。
http://www.isc.meiji.ac.jp/~ip/events/index.html
[3] 本ブログで取り上げたもの以外にも様々ある。福井健策弁護士のブログでは、今後の実務上の対応も書かれている。
https://www.kottolaw.com/column/200728.html
[4] 紙媒体では、田村善之「寛容的利用が違法とされた不幸な経緯に関する一考察-最三小判令和2年7月21日(リツイート事件)」法律時報92巻11号(2020年10月)4頁に接した。
[5] 小山安博・伊藤有「『TwitterのRTで著作権侵害』最高裁判断は『日本のITをガラパゴス化する判決』と紀藤弁護士
https://www.businessinsider.jp/post-217302 における紀藤弁護士発言。
[6] 親告罪については、告訴が無ければ強制捜査は行われないのが原則であるともいわれるところである。
桑野雄一郎弁護士(筆者が修習生時代、隣のクラスの刑弁教官であられた)のブログによれば、「現に、著作権侵害罪に限らず,親告罪に関する捜査が告訴のない状態で行われることは決して珍しいことではありません。ただ、だからといって、著作権者を完全に無視して捜査が行われるというわけではありません。」とのことである。
https://www.kottolaw.com/column/001073.html
それを考えれば、後述の、捜査機関が、著作者の告訴なしにtwitterに強制捜査に入る、などというのは、荒唐無稽ではあるのだが、杞憂のストーリー(そんなことはあってほしくないという願望も含む)ということでご海容をお願いする次第である。
[7] リツイート事件最高裁判決が実務に与える影響と、サービス事業者がとるべき対策
https://storialaw.jp/blog/7281
[8] そもそも、本件で、原告がなぜリツイート者の発信者情報開示を求めているのかに関して、原告代理人の齋藤理央弁護士が、ブログで説明している。
リツイート事件よくいただく質問と回答
それによれば、「大元の権利侵害者であるアカウント2と、アカウント3、4、5[引用者注:リツイート者のこと]が同一人物だと考えていたからです。そこで、特定につながる情報は少しでも多い方が望ましいことから、同一人物の異なる手がかりが得られるかもしれないと考えて、アカウント3、4、5の開示を請求していました。」とのことである(なお、この主張は、裁判所には退けられている)。
このような状況を前提に、田村・前掲注4・6頁は、「本件はインターネット上で広く許容されており、リツイートに不可避的に随伴するものであって、これまで特に問題視されることもなかった『寛容的利用』が、たまたま不幸な経緯が重なって、訴訟の対象に選ばれてしまった事件であるといえるかもしれない」とする。
[9] 成原慧『表現の自由とアーキテクチャ』(勁草書房、2016)、松尾陽他『アーキテクチャと法』(弘文堂、2017)等参照。
[10] TwitterがAI技術による画像の自動トリミングの最適化を導入
https://gigazine.net/news/20180126-twitter-ai-auto-cropping/
[11] 自主規制と法規制のハイブリッドであるところの、「共同規制」についても、最近注目が集まっている。共同規制については、生貝直人『情報社会と共同規制-インターネット政策の国際比較制度研究』(勁草書房、2011)参照。
[12] 判決文からは明らかではないが、当事者から19条3項の主張はなされていなかったようである。もっとも、当事者から主張がなくても、法適用は裁判所の職責である以上、判断を示すことが望まれた、とはいえたかもしれない。田村・前掲注4・6頁は、「同一性保持権や氏名表示権侵害に対してはこれを制限する一般条項(20条2項4号、19条3項)があるのであるから、これらの条項を活用して寛容的利用に関して通用している一般の規範を吸い上げることが本来望ましい解決であったのだろう」とする。
もっとも、19条3項は、「著作物の利用の目的及び態様」、「公正な慣行」といった、当事者が前提事実を主張しなければ認定することの難しい(と思われる)要素もあり、その意味では、判断しないのもやむを得ないといえるかもしれない。ただし、「そうであれば、差し戻すべきだ」という次の矢が飛んできそうである。これに対しては、更に、「発信者情報開示という急ぐべき手続において、差し戻してやり直しなんて、被害者救済を蔑ろにするのか」という更なる矢が来そうな気もする。モヤモヤは収まらない。
〈桑原 俊〉