知財教育の話(クチコロフ・ミルショド)

 大学院に進学しようとしていた頃、理系出身の兄に専門分野について聞かれたことがある。その時、知的財産法と答えて自分の研究テーマや知的財産の重要性等について一生懸命話していたのを今でもよく覚えている。今振り返ってみれば、あの時初めて自分の専門分野を全く異なる分野の人に簡単に説明し、興味を持ってもらうというのは簡単なことではないと実感した。
 前書きが長くなってしまったが、久しぶりにコラム記事執筆の機会を頂いたので、今回は知財教育の話をしたいと思う。しかし、知財教育と言っても法学を専門とする人たちを対象にした知財教育ではなく、法学を専門としない人たち向けの知財教育の話である。
 20世紀の終わりにかけて知識経済の拡大に伴って知的財産の重要性が様々な分野で認識されるようになり、技術者をはじめ法学者以外の一般の人にも知財の知識が必要ではないかと考えられるようになった。その結果、先進国をはじめ各国で知財に関する教育活動が様々な社会層に対して展開されていった。2018年にアメリカの非営利団体知的財産理解センター(The Center for IP Understanding)によって作成された報告書「世界の知財教育の現状:先導する7カ国の事例」[1]の中で知財教育の必要性について述べられ、このような各国の事例について紹介されている。日本における取り組みとしては、知財立国宣言の話から始まり、特許庁によって行われている教材作成配布等の教育関連活動や大阪工業大学に開設された知的財産学部の事例等が取り上げられている。各国の事例を見ると、法学を専門としない人向けの知財教育が小中学校の段階から積極的に行われていることが分かる。このような知財の専門家だけではなく、知的財産を創造する人や他人の知的財産を使う人たちを対象にした教育活動の取り組みを是非他の国にも広げて欲しいと思う。
 しかし、知財教育の重要性に対する認識が高まってきているとは言え、そこにいくつかの課題も存在する。特に大学の段階になると、その知財教育を誰が、どのように行うべきかといった問題が出てくる。それで、大学において全学知財教育を実施しているところが非常に稀である中、山口大学において2013年から実施されている全学新入生向け知財教育の必修化の事例を世界的に見ても画期的であると言える。具体的には、「〇〇〇生のための知財入門」という形で各学部に特化した内容の授業が展開されている。さらに、選択科目として知財展開科目も設置されており、一年生以降でも知財をもっと詳しく学びたい学生は履修することができる。その山口大学の取り組みが去年の知的財産推進計画2021[2]の中でも大学における知財教育の事例として初めて取り上げられた。このような法学を専門としない人向けの知財教育について今後も知的財産法や教育学等の観点から調査や研究が進んでいくと考えられるが、山口大学の取り組みが画期的な先行事例として参考にされることを期待したい。
 最後に、冒頭の話に戻るが、筆者もこの2年間山大での知財教育に従事させていただいた結果、知財を全く違う観点から考えてみることができ、さらに知財と無縁の家族にも自分の専門分野や研究テーマのことを分かりやすく説明できるようになった。
 
 

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[1] The Center for IP Understanding “The State of IP Education Worldwide: Seven Leading Nations” (2018)
[2] 知的財産戦略本部『知的財産推進計画2021』131頁(2021年)
 

 

〈 クチコロフ・ミルショド(RC)〉

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