図書館と電子書籍の将来(周洪騫)

 法学の研究には、文献をたくさん読むことは大前提となっているのでしょう。新たな知見を見つけ出すためにも、自分の考えを検証するためにも、まず先行研究がどこまで進んでいるのを確認しなければなりません。ただ、自分で資料を購入して揃えるのはあまりにも大変で、図書館から借りるほうがずっと賢明でしょう。しかし、コロナ対策の影響で、図書館に行けなくなる人がいます。時期によっては、家に閉じ込められて、資料が欲しいけど図書館が閉鎖されたから研究計画をあとに回す一方の人(筆者)もいます。幸いのところ、大学図書館では資料をコピーして郵送してくれるようなサービスをしてくれています。申込みから届くまでは一週間ほどかかりますが、それでも苦しんでいる筆者を随分と救ってくれましたが、いっそのこと、電子版を送ってくれるともっと嬉しいけれども、欲張りは禁物ですかね。
 そもそも、なぜ電子書籍自体が広く利用されている今でも、図書館としては、電子版をめぐるサービスをなかなか展開できないでしょうか。本稿では図書館の利用様態をめぐって考えていきたいと思います。
 
一、複写サービス
 電子データを送信するではなく、わざわざコピーして紙で送るのは、当時(2020年)の日本著作権法では、図書館における複製に関しては、利用者からの求めに応じて、調査研究に必要な文献の一部分を一人につき一部だけ図書館が複写して提供することができる(31条1項1号)という規定にとどまり、公衆送信等まで許す規定がなかったからでした。
 公衆送信権とは、著作権者はその著作物について、有線または無線の方法による公衆への伝達に関する排他的権利のことです。日本法におけるこの権利は、昭和61年の法改正による、従来の一斉放送型に加えて、個々の利用者のアクセスに応じた個別送信型にもおよぶ「有線送信権」に由来するものです。インターネットが構想される前から、いわゆるオン・デマンド的な利用形態の普及を予想したこの改正は、国際的にも評価されており、それを国際条約に入れるべきという日本の主張は、10年後にようやく作成されたWIPO著作権条約にも結実したと言われています[1]
 ただ、当時ではいわゆる「umbrella solution」[2]として提言され、権利の形式は自由であるはずでしたが、条約が採択された後には、もはや包括的な解決策としてではなく、具体的な権利として締約国に取り入れられたケースもあります[3]
 これまでは、著作権法上の権利制限として、複製権を制限する条文は比較的に多いのですが、公衆送信権に対する権利制限は少なかったと思われます。特に欧州連合では、情報社会指令における高い水準の著作権保護を与えるという目的に照らすと、公衆伝達権の範囲をできる限り広く解釈すべきというCJEUの判決が複数見られています[4]
 幸いのところ、日本では、令和3年の著作権法改正によって、特定図書館は利用者に対して、自動公衆送信で資料を提供することもできるようになりました(新31条3項)。新31条5項によると、3項の規定に従って公衆送信を行う特定図書館等の設置者は、著作権者に対し、相当な額の補償金を支払う必要があります。ただし、利用料金の徴収や利益の配分の正確性や透明性を確保するために、施行までに整備が必要な問題が多いと考えられます[5]
 ほかの国の例として、アメリカ著作権法108条a項では、一般公衆に公開された蔵書を図書館が複写・頒布行為を行う場合、それが非営利目的かつ資料が著作権保護を受けることが分かるように表記されるという条件で、複製権・頒布権制限の対象になり許されますが、著作物の全体を複写する場合、その著作物が合理的な値段で入手することができない場面のみに可能とされています(e項、h項[2][b])。また、アメリカ著作権法では、公衆送信行為に関する個別な規定がなく、頒布権の対象として規制されているため、複製された資料の公衆送信も法律上に可能です。一方、欧州連合の著作権法とも言われる情報社会指令5条(2)(c)において、加盟国が図書館が行う非営利的な複製について例外または制限を定めることが許されます。送信行為に関しても、同指令の5条(5)(n)によると、図書館に設置されている専用端末による、調査または私的な研究の目的に限り、公衆である個人に対する送信または利用可能化について加盟国が例外または制限を定めることが許されます。

 

二、電子貸出し(Digital Lending)
 日本著作権法では、有償な貸与行為に関する貸与権の規定があるものの、映画の著作物の複製物以外の複製物の無償な貸与に関しては、それは営利を目的とせず、かつ貸与を受ける者から料金を受けない場合に限って許されています(38条4項)。ただ、通説として、日本著作権法上の複製物とは、有体物に限ります[6]。また、電子書籍の貸出しは、オンラインで行われるのが一般的であり、公衆送信権の対象になるため、事前に権利者の許諾をとる必要があります。
 欧州連合の貸与権指令[7]1(1)条によると、加盟国は、第6条の例外に従い、著作物の原本および複製物の貸与と貸出しを許可しまたは禁止する権利を規定する義務を有します。そして同指令第6条では、(1)公共貸出し、(2)フォノグラム・映画・コンピュータープログラムの貸出しに関して、加盟国が排他的権利権利ではなく、補償金請求権を規定してもよいとしました。さらに同条(3)では、加盟国が特定のカテゴリーの施設に対して、(1)と(2)にかかげる報酬の支払い義務を免除することができると規定しています。特に電子書籍の貸し出しに関して、VOB[8]というCJEU判決を紹介します。同判決においてCJEUは、貸与権指令にかかげる貸出権の範囲は、本質的に類似した特性を有する[9]電子貸出しにもおよぼすと判示しました。同判決はさらに、海賊版に対策をとるべきと述べた貸与権指令の前文第2段落に照らすと、非合法的に取得されたコピーに対する貸与権指令6条の適用が排除されると解釈しなければならないと判示しています[10]
 アメリカ著作権法106条では、貸出しを含む頒布権を著作権者の排他的権利として定めていますが、109条によると、適法に作成されたコピーの所有者または所有者の許諾を得た者は、著作権者の許諾なく当該コピーの占有を自由に処分することができるとしています。これは、アメリカ著作権法におけるファーストセール・ドクトリンと呼ばれています。すなわち、図書館が合法的に取得した書籍を貸出すことも占有を処分する行為であるから、109条により許されます。しかし、電子書籍に関しては109条の適用は認められていません。その理由は主に以下の三つと考えられます。
 第一、電子書籍の取引では、ユーザーに所有権を譲渡するのではなく、使用のライセンスを結ぶのが主流です。所有権が譲渡されていない以上、ファーストセールが発生することなく、109条の適用条件が満たされないことになります。
 第二、仮に電子書籍の所有権譲渡が認められたとしても、電子書籍をネットに通じて送信する際に、必ずコピーが作られるため、複製権が働きます。すなわち、その時に処分されたのは「適法に作成されたコピー」ではないということです。実際のところ、「forward-and-delete」(送信するファイルを同時に削除するようなメカニズム)を導入した音楽ファイル中古販売サービスも、アメリカでは著作権法違反とされています[11]
 第三、電子コピーでは、アナログコピーのような経年劣化が発生せず、かつその伝達がいかにも容易にできるため、そのファーストセールを慎重に検討すべきという考えがあります[12]

 

三、むすびに代えて
 このように、電子書籍の利用自体がかなり普及した今でも、図書館を介する電子書籍の利用には多くの制限がなお課されています。法的リスクを回避するために、図書館は著作権法における曖昧な権利制限に頼ることができず、図書館向けの電子書籍ライセンスをとらなければなりません。しかし、ALA(アメリカ図書館協会)のレポートに述べたように、そのようなライセンスには、高額な利用料や遅延リリース、あるいはそもそも図書館にライセンスしないなど、図書館に不利な条件が盛り込まれていることが多くみられています[13]。書籍の購入・ライセンス費用が上がる一方で、図書館の運営経費自体が上がっていない状況です。運営に苦しんでいる図書館たちは、EBOOKSOS[14]などのキャンペーンを実施して、不正な利用条件などについて政府に抗議しています。
 一般的に、著作権法における支分権は、それぞれ一定の利用行為に対応するように設計されています。しかし、公衆送信権の場合、それは一種の利用行為をカバーするものというより、すべての利用行為のオンラインバージョンのように思われます。アナログの世界では譲渡権や演奏権の対象となる行為は、それがインターネットに経由してオンラインで行われるようになると、公衆送信権の対象にもなりえます。このような「二重保護」は、仮に著作権者の利益保護の観点から正当化できるとしても、権利制限の観点から疑問視される可能性があります。一般的に、著作権法でいわれる権利制限は例外的な規定として捉えられ、明文的に規定されたもの以外の権利制限が認められることは少ないでしょう。すなわち、譲渡権などに対する権利制限を、公衆送信権にまで類推適用することは許されていません。ただ、先ほど述べたように、公衆送信権の適用範囲が広く、あらゆる行為に及んでいます。そのような行為に対して、すでに確立された権利制限規定が適用されない結果、著作物利用者の正当な利用行為や図書館などにおける公益的な利用行為が妨げられることになる可能性があります。
 特に、電子著作物の利用状況は、以下二点において、伝統的な利用環境と大きく違います。第一に、オンライン取引における契約の規定はオフライン取引よりはるかに細かいと思われます。伝統的なオフライン取引では、契約の内容が取引慣習に依存することが一般的である一方、オンライン配信サービスなどを利用する前に、コンテンツ提供者側が制定した利用条件に明示的に同意しなければなりません。そして、そのような利用条件は権利者側に著しく有利になっています。第二に、電子著作物に技術的保護手段が施されていることが多くみられます。例えばAmazon Kindleで入手された電子書籍は、専用の端末またはアプリがないと読むことができません。また、モバイルネットワーク技術の進歩により、我々は四六時中にインターネットとつなげるようになりました。そのため、利用毎にライセンスの有無の認証なども可能となり、無断複製されたコピーが自由に使えない可能性があります。そのような状況を受けて、今まで電子書籍の自由流通を否定的にとらえた観点はなお成り立つのかについて、今後さらなる検証が必要ではないでしょうか。

 

-------------------------------------------------------------------------------

[1] 加戸守行『著作権法逐条講義(七訂新版)』197-198頁(著作権情報センター2021年)。
[2] EGIONAL WORKSHOP FOR COUNTRIES OF ASIA AND THE PACIFIC ON THE WIPO INTERNET TREATIES AND ELECTRONIC COMMERCE 法的な特徴ではなく、関連する行為が適切な排他的権利によってカバーされることが重要視されると考えられています。すなわち、「公衆送信権」を正確な実施するための適切な権利の選択は、各国の立法に委ねられています。
[3] Id. 例として、欧州連合の情報社会指令は公衆伝達権を支分権の一種として規定しました。一方、例えば中国法では、情報ネットワーク伝達権(自動公衆送信に関する権利)と放送権(自動公衆送信以外の公開伝達・送信行為)がそれぞれ規定されています。
[4] 最近の例として、Tom Kabinet, Case C-263/18 (19 December 2019)があげられます。
[5] 詳しくは池村聡「令和3年著作権法改正について」高林龍=三村量一=上野達弘『年報知的財産法2021-2022』1頁、3-6頁(日本評論社2021年)を参照。
[6] 加戸・前掲注1 31頁では、著作権法2条1項7号について、「『市販の目的をもって製作されるレコードの複製物』というのは」……「ディスク、録音テープ、オルゴールそのものを指します」、「『レコードの複製物』という有体物」との説明をしています(下線は筆者による)。
[7] Directive 2006/115/EC of the European Parliament and of the Council of 12 December 2006 on rental right and lending right and on certain rights related to copyright in the field of intellectual property. 知的財産における貸与権、貸出権および特定の隣接権に関する2006年12月12日指令。
[8] VOB v. Stichting Leenrecht, Case C-174/15 (10 November 2016).
[9] Id, para. 51-53, “has essentially similar characteristics to the lending of printed works”.
[10] Id, para. 67-68.
[11] Capitol Records, LLC v. ReDigi Inc., 910 F.3d 649 (2d Cir. 2018).
[12] U.S. Copyright Office, DMCA Section 104 Report p. 82 (2001).
[13] ALA’s respond to the Committee’s request for information concerning competition in digital markets, 15 October 2019. Available at: https://www.ala.org/news/sites/ala.org.news/files/content/mediapresscenter/CompetitionDigitalMarkets.pdf (last visited 2022.3.25). 同報告書によると、ライフタイムアクセスの電子書籍が通販で59.99ドルで提供されているところ、図書館向けのライセンス料は一コピー二年間につき239.99ドルになっています。
[14] See, https://academicebookinvestigation.org/ (last visited 2022.3.25).

 

 

〈 周洪騫(RC)〉

Previous
Previous

中国における知的財産「指導案例」と「10大案件」(王暁陽)

Next
Next

知財教育の話(クチコロフ・ミルショド)