🔭コラム「デジタル遺品問題と著作権」
美味しいランチの写真をブログに載せてみたり、身の回りの出来事をだらだらとツイートしたり、音楽ポータルサイトからお気に入りの楽曲を自分のハードディスクやクラウドに保存したり……などという日常が、いつまでも続くとは限らない。不慮の事故や急病、災害で突然この世を去ることもありうる。そうなれば、ブログやアカウントが、持ち主の手で更新される機会は永遠に喪われる。 秘密にしておきたいデータをPCやクラウドに保存している場合、生前に準備をしていなければ、死後にその希望が全うされないこともある。一方、遺族や相続人にとっては、故人がどんなインターネットアカウントを取得して、どんなサービスを利用していたのか把握できなければ、不安この上ない。故人が家族に隠れて行っていたオンライン取引が承継され、大変な損失をもたらすこともありうる。また、ようやく故人のアカウントやファイルにアクセスができたとしても、そこから本人が文字通り「墓場まで持っていく」つもりであった秘密を知る羽目に陥ることもある。こうして、「デジタル遺品」の処遇は、時には相続人や遺族の間で激しい対立の火種になるかもしれない。 PCやオンライン環境が、私たちの日常生活の不可欠な構成要素となってから十余年。こういった「デジタル遺品」問題は、 近時頻繁に話題に上りつつあり(※1)、海外では裁判例も見られるようになっている(※2)。デジタル遺品は、オンライン取引、仕事用のメールやExcelのデータから、ごく私的なファイルに至るまで、またその記録媒体も、Webページからクラウド、ハードディスクに至るまで極めて多様だ。それに応じて、生じる法律関係についてもまた多様だ。相続法を中心に、著作権法、人格権論、不正アクセス禁止など、多様な各法領域の交錯問題となる。 著作権法に関して考えられる問題点には、どのようなものがあるだろうか。まず、SNS、クラウドに保存されている写真や動画やブログ記事などの多くは、故人自身の著作物や実演等に該当するものが含まれる。著作権は相続の対象となり、また、著作者人格権は著作者の死亡により消滅するがその死後も著作者の意を害すると認められる行為が禁止される(著作権法59条、60条)。この点、著作物の破壊や抹消は、著作者人格権侵害に該当しないとされるので、少なくとも遺族や相続人によるサイトやアカウントからのデータの抹消については、問題になることはないであろう。 実際のところ、故人のアカウントの扱いについて各社が定める利用条件を見てみると、アカウント抹消が原則的であるようだが、それ以外にも様々なオプションが用意されているようだ。
- Facebookでは、利用者は事前に、「アカウントの完全消去」か「追悼アカウント」への変更を指定しておくことができ、家族や友人の申請に基づいて「消去」されるか、「追悼アカウント」に変更される。「追悼アカウント」では、以前はコンテンツの改変はできないとされていたが、さらに、2015年5月からは、故人が生前に「追悼アカウント管理人」を指名しておくと、その者はプロフィール写真やトップに表示されるメッセージなど一部分の変更が可能となっている(※3)。
- Googleでは、「アカウント無効化管理ツール」により、生前に信頼できる人物を定めておけば、その後、指定した一定期間アカウントが利用されない状態が続いた場合に、その者にメッセージが送られ、メールやドライブなど、事前に指定されたデータへのアクセスとアカウントの削除が認められる(※4)。
- Yahoo!Japanでは、生前に設定しておけば、公的証明書による死亡確認により「プロフィールページ」が「メモリアルスペース」に変更され、指定した者にそれぞれ個別のメッセージが送られ、クラウドに保存されているデータが削除される(※5)。
こうした取扱いの違いをみると、将来どのように自分の軌跡を残したいのかによって、それに見合った利用条件を備えているサービスを選択するという「終活」が求められているように思われる。 次に、故人がKindleやiTunesなどでダウンロードした他人の著作物の利用許諾はどのように扱われるだろうか? KindleやAppleの利用条件は、ダウンロードしたコンテンツに対する権利は「譲渡不能」とするのみで、相続については明示していないようだ。しかし、他のサービスでは、死亡確認により、アカウント利用者の権利が消滅することまで明示する利用条件もある。確かに、著作物利用(再)許諾において時間的制約を付すことは可能である(著作権法63条2項) にしても、電子書籍などの利用条件において、オプションでなく画一的に死亡を条件とする権利消滅までをも定める(あるいは、「譲渡不能」という文言に相続不能も含めて解釈する)条項は果たして望ましいといえるだろうか? そもそも、故人が蒐集した蔵書やLP・CDのコレクションは、疑いなく相続の対象とされてきただろう(また、それらは故人自身の作ではないにしても、故人を偲ぶよすがとなってきただろう)。それがデジタルに置き換わったところで、やはり承継されるべき、という考え方もありうるだろう。この点について、海外においても未だ裁判例はないようであるが、例えばドイツ法などでは、近時取り沙汰されているデジタル消尽問題とも関連して議論が展開されており、画一的な約款としての利用許諾に「死亡による消滅」のような条件を設けることは、相続法の包括承継と、著作権法の消尽原則という2つの法規の基本思想に照らし、民法の約款規制における不当条項(わが国では消費者契約法10条に相当)に該当する可能性があると指摘する見解もあるようだ(※6)。 ひとまず、デジタル遺品問題には即効の万能薬はなく、遺言のほか、各サービスが提供する利用条件を踏まえた適切な保存場所・保存方法の選択なども含め、事前準備が肝要というしかないようである。
(※1)NHK「おはよう日本」2015年5月26日「どうする? デジタル遺品」http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2015/05/0526.html萩原栄幸『「デジタル遺品」が危ないーそのパソコン遺して逝けますか?』(ポプラ社、2015年10月)など参照。(※2)主に遺族や相続人がアカウントへのアクセスを求める事例であり、米国では、 Ellsworth v. Yahoo (In Re Ellsworth, No. 2005-296, 651-DE, Mich.Prob.Ct.2005)),Facebook Discovery Case, 923 F. Supp. 2d 1204 (N.D. Cal. 2012) などがある。ドイツでは、ベルリン地裁2015年12月17日判決 O 172/15がある。(※3)追悼アカウント管理人を指定できる機能が日本でも利用可能にhttp://ja.newsroom.fb.com/news/2015/05/adding-a-legacy-contact/(※4)アカウント無効化管理ツールについてhttps://support.google.com/accounts/answer/3036546?hl=ja(※5)Yahoo! エンディング https://ending.yahoo.co.jp/(※6) Gloser: „Digitale Erblasser“ und „digitale Vorsorgefälle“ – Herausforderungen der Online-Welt in der notariellen Praxis – Teil I, MittBayNot 2016, 12
(RC 志賀 典之)