🔭コラム「授業資料のアップロード・配信についての雑感(末宗達行)」
[2016年11月8日13時24分:追記をいたしました。一番下をご参照ください]近頃寒い日も出てまいりまして、そろそろヒートテックの出番かと思っておりましたら、気づけばもう11月、今年も残すところ2か月ほどとなりました。キャンパスのイチョウも葉が落ちて景色が色づくとともに、踏んづけられた銀杏の匂いが秋の訪れを知らせてくれます。秋といいますと、大学の長い夏休みが9月末~10月にあけ、秋学期も始まります。学生さんたちが戻るとともに、キャンパスにも活気が戻ってまいりました。私につきましては、秋学期における著作権法のティーチングアシスタントとしてパワーポイント資料の作成にあたってのお手伝いをしているところでございますが、その中でふと著作権と授業での著作物の利用につき、思うところがございました。パワーポイント資料は、プロジェクターでの上映を行うとともに、早稲田大学の授業用資料やオンデマンド授業の動画などを配信するシステムであるCourse N@viにもPDF化したのちアップロードして受講生にも配布されています。印刷して書き込む方もいるようで、手元に資料があるのとないのとでは違いがあるように感じます。ところで、パワーポイント資料作成の際の補助に際し、ほとんどの部分は先生の教科書に準拠するのですが、裁判例の紹介などにおいては関係する物品(侵害品など)を画像、場合によっては動画で紹介することが効果的な場合も出てまいります。そうした画像や動画、あるいは文章といったものが著作物であることもあり、配慮せねばならないことが出てくるように思われます。もちろん著作権法35条で、教育機関において「教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる」(1項)とありますし、授業の過程で公表された著作物の複製物を、直接授業を受ける者に提示することもできます(2項)ので、パワーポイント資料をプロジェクターで上映することは問題ないことになりましょう。しかし、Course N@viでの配信は、予習のために事前におこなわれますし、公衆送信にあたると思われますから、1項の複製には当たらず、また2項については著作物を上演、演奏、上映、または口述する場合に、オンラインで同期された遠隔地の教室の受講者に対して公衆送信を行うことができるとされているのみで、授業場所の教室にいる生徒向けに教材を事前配布するということはあたらないでしょうから、結局のところ同条の適用は難しいように思われます。そうなりますと、引用(32条)にあたるならばよいということになりますでしょうか。引用の要件については議論が錯綜しているようで[注1] 、特に著作権法になじみのない方の場合には、困ってしまうのではないかと思われます。仮にパワーポイント資料を印刷した上で授業の際に配布する形式をとるのであれば35条1項が適用となりうるのでしょうが、ペーパーレス化が進む昨今、タブレットやノートPCを持っている受講生はそれを見れば紙が不要でありますから、Course N@viで配布すればよいわけですが、そうすると35条は使えないこととになってしまうわけです。素朴に考えれば、「なぜ同じ資料なのに紙媒体とペーパーレス化する場合とは違うのか」と思うところではあります。授業の過程で使用する場合における著作物の異時送信については、「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過」(平成17年8月25日)29頁以下[注2] でも取り上げられているようでして、一方では権利制限を及ぼすべきとの意見がありつつも、他方で履修者の数の大きさや履修者以外の者への流出などから著作者の利益を不当に害する恐れがあることから慎重であるべきとする意見が併記され、また補償金支払いの実験的取り組みがあることを踏まえて、結局のところ「教育行政及び学校教育関係者による具体的な提案を待って,改めて検討することが適当である [注3]」とされ、オープンなままとなっているようです[追記参照]。この点、受講者以外に流出しないように適切な措置を講じることを条件として権利制限を認めるべきとする見解もあるようです[注4] 。法学の教科書を念頭に置けば、主な販売先として、図書館とともに、授業に際して使用される教科書として学生の方も含まれます。自分の周りやティーチングアシスタントとして参加する授業での学生の漏れ伝わる声によれば、なるべく教科書を買わないようにしたいという潜在的ニーズ(?)が根強く存在しているようです。プロジェクターでの上映であればテスト対策においてとても対応できないでしょうから、教科書の需要を減じることは少ないかもしれません。しかしながら、複製物を配布したり、データを公衆送信したりといった場合には、テスト対策がそれで可能となってしまえば、教科書を買わないで済ませようとする傾向が強くなるように感じられます。もちろん、授業の過程における複製を許容する35条1項では、「必要と認められる限度において」での複製が認められるにすぎず、また但し書きでは「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」とされています。この点、著作権法第 35 条ガイドライン協議会「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第 35 条ガイドライン」(平成16年3月)[注5] では、35条1項の「必要と認められる限度」については「範囲は必要最小限の部分とする」としており、但し書きについては「児童・生徒・学生が授業を受けるに際し、購入または借り受けて利用することを想定しているもの(記録媒体は問わない)を購入等に代えてコピーすること」は著作権者の利益を不当に害することにあたるとしています。上記のような法学の教科書のような事情であれば、なおさら「必要と認められる限度」か、「著作権者の利益を不当に害する」かどうか、慎重に検討されるべきと思われます[注6] 。確かに、技術進展を受け、より効果的な教育の形を臨機応変に実施するため、35条但し書きと同趣旨の規定を残しながら異時送信のオンデマンド授業映像やそこでの複製物の公衆送信を認める小一般規定、さらにはフェアユースのような大一般規定導入の検討を唱える見解もあります[注7] 。しかしながら、他方では、著作者の利益を害することともなりえます。さらに出版社などが構築しているビジネスモデルを崩壊させる潜在的可能性もあります[注8] 。学術出版もまた大学の研究教育に必要であり、出版社がそれを担っていることを考えれば、出版社が成り立つ基盤は保護されねばならないようにも思われます。補償金制度も含めた検討が必要になるかもしれませんが[追記参照]、補償金制度においては出版社がどのように位置づけられるのかも、検討されるべきことなのかもしれません。資料をアップロードできない、あるいは不便を感じるとしても、めぐりめぐって研究教育に必要なことなのかもしれないと思いをいたしつつ、作業をする日々でございます。向寒の折、風邪など召されませんようご自愛ください。
[注1] 例えば、「明瞭区分性」と「主従関係」に関する議論状況につき高林龍『標準著作権法〔第2版〕』(有斐閣、2013)167-170頁参照。[注2] http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/05090806/all.pdf(最終確認2016年11月6日)[注3]「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過」(平成17年8月25日)31頁[注4] 岸本織江「著作権制度における権利制限規定の動向と教育研究」横浜国際経済法学18巻3号(2010)194頁参照。[注5] http://www.jasrac.or.jp/info/dl/gaide_35.pdf(最終確認2016年11月6日)[注6] 他方で、「必要と認められる限度」につき、事情によっては書籍のほとんどを複製することができうるとする見解として早稲田裕美子「Q&A(著作権相談から)図書館資料の複製と著作権法35条」コピライト624号(2013)23頁がある。[注7] 井上理穂子「教育目的利用のための著作権制限とフェアユース規定導入の可能性」情報ネットワーク法学会編『情報ネットワーク・ローレビュー第8巻』(商事法務、2009)33-37頁参照。また、教育利用のための広い個別制限規定とともにフェアユース導入を唱える見解として、椙山敬士「フェアユースと教育利用」半田正夫先生古稀記念『著作権法と民法の現代的課題』(法学書院、2003)293頁以下。[注8] 松田政行「大学教育における文献の利用と著作権・出版社の権利(下)」書斎の窓551号(2006)26-27頁参照。[追記(2016年11月8日13時24分):平成27年度から文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会で、授業の過程における著作物の異時送信につき議論がなされている旨、ご指摘をいただきました。法制・基本問題小委員会「平成27年度法制・基本問題小委員会の審議の経過等について」(平成28年2月24日)5頁以下で、関連する事項についての検討状況が示されております。また、平成28年度の同小委員会においても、第1回より集中的に議論が続いているようです。貴重なご指摘、ありがとうございました。]
(RC 末宗 達行)