🔭コラム「リオ五輪と知的財産(カラペト・ホベルト)」

年末になりました。あと少しで2016年が終わりますが、本年は私にとってとても重要な1年でした。2016年8月5日から8月21日までの17日間、第31回夏季オリンピックがブラジルのリオデジャネイロにて行われました。光栄なことに私は、現地で日本オリンピック委員会および日本選手団をサポートする弁護士としてリオデジャネイロ大会に貢献することができました。滞在中は、試合のみならず、選手村やバックステージ等を見学する機会にも恵まれ、大変貴重な体験になりました。また、リオデジャネイロ出身の私にとってオリンピックに向かって改善された街をみることができたのはとても喜ばしいことでした。一般的に、オリンピック開催にあたっては、開催国・都市が様々な側面で改善に力を入れるといえます。1964年の東京オリンピック(第18回夏季オリンピック)では、その開催に合わせて新幹線、地下鉄、首都高速道路、オリンピック道路等の敷設が進められました。リオデジャネイロでもオリンピック開催に際し、様々な改善が行われ、特にダウンタウンがとてもきれいになりました。オリンピック大会には、インスピレーションとなるヒストリーも多く、学ぶべきことも多いです。リオデジャネイロ大会から2020年東京大会にかけて、知的財産についても学べるところがあると思います。改善されたリオのダウンタウン (オリンピック聖火が置かれた場所は黄色バルーンの隣)2013年9月に2020年オリンピック開催都市として東京が選ばれたことを契機に、日本でオリンピックに関わる知的財産問題について関心が高まってきています。特に、オリンピック標章に関する問題とアンブッシュ・マーケティングについてです。一般的には、アンブッシュ・マーケティングとは「プロパティ所有者は権利金を支払わずに、そのプロパティとの結びつきを作ろうとする計画的活動」[i]を指します。スポーツイベント開催時に公式スポンサー契約を締結していないにもかかわらず、主催者の許可なくシンボルマークを不正使用するなどしてイベントに公式に関与しているように見せかけ、イベントのマーケティングに便乗する宣伝行為が後を絶ちません。オリンピックに限らず、国際的なスポーツイベントでもこのような行為が見受けられます。リオ五輪開催中に行われた東京大会のイベントオリンピック開催候補都市になるための手続きに当たって、開催候補都市はいくつかの誓約を求められます。現在有効な「オリンピック標章、とりわけオリンピック標章の使用に関する規則及び付属規則を遵守することを保証する」「オリンピック・シンボル及び【Olympic】【Olympiad】オリンピック・モットーが、国際オリンピック委員会の名前にて保護されていること、また、政府または権限ある国の機関から、国際オリンピック委員会が満足できるレベルでかつ国際オリンピック委員会の名前で十分で継続的な法的保護が現在得られており、これからも得られることを保障する。開催候補都市と国内オリンピック委員会は、本条の内容について政府または権限ある国の機関が同意していることを認める。国内オリンピック委員会は、オリンピック標章に従い、該当する保護が国内オリンピック委員会の名前にて国内オリンピック委員会のために存在する場合は、国際オリンピック委員会常務理事会によって受領された指示に従い、国内オリンピック委員会はその権利を行使することを確認する」[ii]と誓約しなければなりません。さらに、開催都市決定後直ちに締結される開催都市契約にもこの義務は明記されています[iii]。国際オリンピック委員会から課された条件に対応すべく、開催候補都市も各種の書類を提出しています。東京オリンピック開催のために立候補した際には、東京招致委員会による国際オリンピック委員会への提出書類のうち、オリンピック関係の標章についての保護について「現在において、新たな法を制定する予定はない」と述べる一方で、「2020年東京大会のより円滑かつ効率的な営業のために必要があれば、日本政府は健康法を修正又は新たな特別法を規定するための法案を国会に提出する」[iv]旨を約束し、政府保証も添付されています[v]。つまり、東京オリンピックに関する知的財産を、日本国内では「商標法」、「不正競争防止法」、「著作権法」等の各種法律によって保護しようとしているのです[vi]リオ五輪のオリンピック聖火一方、本年のリオオリンピック開催にあたって、アンブッシュ・マーケティングを含めていくつかの事項を決定するためにブラジルでは「オリンピック法」[vii] が立法されました。オリンピック法では、オリンピックシンボル、モットー、Olympic Games、Rio 2016 Olympic Gamesなどの標章の使用が規制されています。この法律では、商業的使用だけに限らず、非商業的使用についても、大会組織委員会又は国際オリンピック委員会からの承諾のない使用を禁止しています。大会組織委員会又は国際オリンピック委員会によるの事前の明確な承諾がない限り、第三者による商業使用・非商業使用を問わず、前述の標章の使用はすべて禁止である(オリンピック法7条)とされました。また、リオ2016オリンピック又はオリンピックムーブメントと商品、サー ビス又はその会社などとが不当に関連があるかのように誤認を与える十分 に類似した文言や表現を使用も禁止されています(オリンピック法8条)[viii]ビーチバレーの会場と入口更に、アンブッシュ・マーケティングの民事上の違法性を公式に認めた(オリンピック法15条)上、アンブッシュ・マーケティングの罰則化が制定されました。オリンピック法におけるアンブッシュ・マーケティングの罰則は2種類に分類されれました。一つ目はアンブッシュマーケティング(Ambush-Marketing-by-Association)(オリンピック法17条)です。これはは無許可でイベントの公式シンボルを使用し、直接あるいは間接的にイベントとの関連性を作る目的で、商標、商品またはサービスを宣伝する行為です。二つ目は、侵入によるアンブッシュマーケティング(Ambush-Marketing-by-Intrusion)(オリンピック法18条)です。こちらは、無許可でイベントの会場に商標、ビジネス、企業、商品又はサービスを宣伝し、又は何らかの広告活動を行う行為です。マラカナ(開会式、サッカー、閉会式会場)とあそこへの道イベント会場の周辺とイベント会場への道において、公式スポンサーとオリンピックに関連する知的財産の保護とオリンピック法を遵守することを保証するため、連邦・州・市町村の機関に警察権を与えました(オリンピック法9条)。リオ五輪ではその管理が厳格に行われたため、アンブッシュ・マーケティングに関する問題が多く送ませんでした。しかし、アンブッシュ・マーケティング行為と思われる2件の出来事が話題になりました。ボルト選手と靴(Reuters)一つ目は男性陸上選手であるウサイン・ボルトが金メダルを獲得したときに、自分の靴を掲げ勝利に歓喜した場面です。世界中が注目したこの瞬間にボルト選手はスポーツメーカーのプーマのマークを宣伝したとも捉えられます。二つ目は、体操競技で銀メダルを獲得したブラジル人選手のでつり輪のスペシャリストのアルトゥール・ザネッティが大会中に髪の毛にスリーストライプを剃って、アディダスのイメージを体現した行為です。問題は、プーマもアディダスもリオオリンピックの公式なスポンサーではないということです。ザネッティ選手の髪型(REUTERS/Mike Blake)当然、オリンピック法だけですべてのアンブッシュ・マーケティングへの対策を行えるわけではありません。特に、選手も関わる場合、様々な対応が難しくなります。たとえば、ウサイン・ボルトの行為の場合、スポーツに必要な道具を宣伝広告機能として利用することを禁止するオリンピック憲章第40条(規則40付属細則の3[xi])こ適応可能です。必要もなく、競技を終わった直後で、ボルト選手が靴を持ち運んだことで、間違いなくプーマの宣伝広告となり、ボルト選手の行為はアンブッシュ・マーケティングに該当するといえます。また、予想以上に大きく、訴訟にまでなった問題も起きました。ブラジルサッカー協会がアンブッシュ・マーケティングに関し、BRF社というブラジルの会社を訴えた事件です。BRF社はブラジルサッカー協会のスポンサーでしたが、2016年に一方的にスポンサーシップ契約を解約し、リオオリンピックの公式なスポンサーになりました。BRF社は自社のマスコットキャラクターを複数の競技の衣装を着ているグッズを配るキャンペーンを開始しました。その中には、ブラジルサッカーオリンピック代表のユニフォームに似た衣装を着ているマスコットも含まれていました。リオオリンピックの公式スポンサーですので、キャンペーンそのもの自体は問題ないと考えられますが、各競技の衣装は比較的に一般的であり、ブラジル選手団が本当に使っていたユニフォームとの直接的な関係性が見受けられない一方、サッカーだけが間違いなくブラジルサッカーオリンピック代表のユニフォームを彷彿とさせるものであったことから、おおいに問題視されたのです。BRF社による問題となったグッズ許可なしにブラジルサッカー代表のユニフォームを利用した疑いについては、その行為を差し止める目的で2016年6月16日にブラジルサッカー協会がBRF社を提訴しました[xiii]。提訴当日にリオデジャネイロ地方裁判所のビジネス法第1部が、提訴と同時に請求された仮処分の差止請求を認めて、ブラジルサッカーオリンピック代表に関するマスコットの生産、宣伝と配分、そして、ブラジルサッカー代表とブラジルサッカー代表に関するシンボル等に直接的な関連性を誘導する行為の差し止め命令が言い渡されました。しかし、被告であるBRF社の大きさを考慮すると、損害の回復の困難の程度が低いため、6月23日に第1部が仮処分をくつがえしました。そして、9月8日に、マスコットとブラジルサッカー代表の関連性を認めずに、第一審の判決としてブラジルサッカー協会の主張が却下されました。東京オリンピック開催にあたって現行法で全てのアンブッシュ・マーケティング行為に対応できるかは判断し難いものの、リオ大会で起きた事件が今後の日本の知的財産関連の準備の参考になれると幸いです。

(RC カラペト・ホベルト)

[i] 仁科貞文・田中洋・丸岡吉人(2007)「広告心理」p. 271[ii] 2020 Candidature Procedure and Questionnaire. <http://www.olympic.org/> (2016年12月11日アクセス)[iii] 足立勝「オリンピック開催とアンブッシュマーケティング規制法」、日本知財学会誌 Vol. 11 No. 1 - 2014: p. 5-13[iv] 2020年オリンピック招致のために、2012年2月13日にIOCに提出したApplication File p.68[v] 足立勝, supra (iii)[vi]大会ブランド保護基準 - Tokyo 2020 <https://tokyo2020.jp/jp/copyright/data/brand-protection-JP.pdf> (2016年12月11日アクセス)[vii] Olympic Act,Law no. 12035 of 1 October 2009[viii] カラペト・ホベルト「ブラジル編 2013―ブラジルにおける知的財産保護とサッカーW 杯・リオオリンピックに向けた模倣品対策―」『IPマネジメントレビュー』11号(2013年12月1日発行)[ix] Usain Bolt and Puma outsmart the IOC with a Pair of Golden Shoes. <http://www.ispo.com/en/companies/id_78704878/usain-bolt-and-puma-outsmart-the-ioc-ambush-marketing.html> (2016年12月11日アクセス)[x] REUTERS/Mike Blake in <http://exame.abril.com.br/marketing/seria-o-cabelo-de-arthur-zanetti-uma-emboscada-da-adidas/> (2016年12月11日アクセス)[xi]規則40付属細則の3 IOC 理事会が許可した場合を除き、オリンピック競技大会に参加する競技者、コーチ、トレーナー、 または役員は大会期間中、 身体、 名前、 写真、 あるいは競技パフォーマンスが宣伝目的で利用されることを認めてはならない。[xii] Uniforme do frango da Sadia para na Justiça <http://www.meioemensagem.com.br/home/marketing/2016/07/20/uniforme-do-frango-da-sadia-vira-caso-de-justica.html> (2016年12月11日アクセス)[xiii] 事件番号:0199229-74.2016.8.19.0001

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