🔭コラム:海賊版サイトと広告主の関係 -資金流入を防ぐには- (尾形阿友美)
夕暮れの訪れが日に日に早く感じられる季節となりました。大学付近ではイルミネーションが飾られ、寒い帰路を彩ってくれます。この度初めてコラムを担当致します、修士課程一年の尾形です。今回はインターネット上の著作権侵害について、最近気になっている点を書いてみようと思います。著作権侵害サイトと広告料収入 今年10月31日に、著作権法違反の疑いによりリーチサイトの運営者が逮捕されたという報道がありました[1]。この新聞記事によると、今回の事件ではリーチサイト運営だけではなく、リンク先サイトでの漫画・雑誌等の無断公開にも関与した疑いがあるといいます。そのため今回は、リーチサイトの運営のみが著作権法違反の対象であると判断されたとは言い難いように思われます[2]。より事態を深刻化させているのは、運営者が多額の収入を得ていたという点ではないでしょうか。新聞記事によると運営者は、広告収入や、利用者が海賊版サイトに有料登録した場合の登録料の一部を受け取っていたとされています[3]。海賊版サイトもリーチサイトも、収入の基本が広告掲載によるものといえ[4]、権利者としてはインターネット上の広告収入を断つことが主な関心の対象となりそうです。こうした著作権侵害サイトにおける多額の広告料収入は、海外でも問題視されているようです。海賊版サイトを調査したある団体による報告書によると、2014年では589のサイトにおける広告収入の総額は2億9百万ドルにも及ぶとされています[5]。これは日本円で約234億円に値し、決して軽く見ることのできない額といえます。広告主への被害 ここまで多額の広告収入があるとすると、広告主である企業にも影響がありそうです。 「この広告主企業は、広告料という形で著作権侵害者に資金を提供しているのか?」という印象を第三者に与えかねません。仮に広告主である企業が、著作権侵害が行われているサイトであると認識し積極的に広告料を提供している場合には、著作権侵害の幇助が認められる余地はあるかもしれません。しかしながら、幇助の故意が認められるには「正犯に対する犯罪行為遂行の促進の認識・予見だけではなく、既遂構成要件該当事実惹起促進の認識・予見[6]」が求められているところ、近年ではアフィリエイトサービスプロバイダやアドネットワーク企業を仲介して、広告をより多く掲載する手法が発展しています。こうしたサービスを利用して広告が掲載された場合には、広告主が必ずしも個別の掲載先サイトを把握しているとは言えず、広告主に幇助の故意があるとはいえないように思われます。広告主が著作権侵害サイト運営につき法律上の責任を負う必要がないとしても、広告主企業に対する世間の評価が低下することも考えられます。冒頭に挙げた事件について、ネット上では広告主も責任を負うべき、との意見が散見されています。また最近のイギリスでは、これは著作権侵害問題ではありませんが、イギリス政府による海軍採用の広告がYouTube上の過激主義の動画に掲載されたことが問題となったようです[7]。このようにして、広告主が社会的評価の面で思わぬ被害を受けるおそれもあるように思われます。ヨーロッパの取り組み このような著作権侵害と広告収入との問題に対して、日本では団体の取り組みによる対応が進められているように思われます。例えばJASRACは、日本アフィリエイト協議会との間で、アフィリエイト広告収入を目的とする違法音楽配信サイト対策のための合意を行っています[8]。また、一般社団法人日本インタラクティブ広告協会では、平成29年度より広告掲載サイトの適正化に取り組むため、ネットワーク広告部会を新設することとしています[9]。一方ヨーロッパでは、より大規模に対策が進められているようです。欧州委員会は、2014年の知的財産権のエンフォースメントに関する行動計画において、Follow the moneyアプローチを掲げています。Follow the moneyアプローチは、商業的規模の知的財産権侵害を行う者から、侵害を誘発する収入源を奪うためのエンフォースメント政策とされており[10]、措置の一つとして「広告サービスプロバイダや、支払いサービス提供者、荷送人を含めた利害関係人との対話による、オンライン環境での商業的規模の知的財産権侵害による利益を減らすための、さらなる自発的な理解の覚書の進展を促進すること」を掲げています[11]。その後の2016年10月21日には、このFollow the moneyアプローチの下で、欧州委員会、広告業、権利者、広告主、仲介者及びプロバイダとの間で基本方針の合意がなされています[12]。その基本方針では、広告が商業的規模の知的財産権侵害コンテンツと関連しないように、合意締結者がセーフガード等の措置を取ることを定めています[13]。さらにイギリスでは、2013年からロンドン市警察に知的財産権犯罪部隊(PIPCU)が設置され[14]、不法取引を防ぐために広告者や支払いサービス提供者、SNSサイト、オンラインマーケット、ISPといった第三者と協働することを任務の一つとしています[15]。具体的には、権利者による報告がなされたサイトが警察に従わなかった場合に、侵害サイトリスト(IWL)を用いて広告収入を途絶えさせる等の措置を行っているようです[16]。こうしたEUやイギリスの取り組みを参考に、日本においても広告主が広告掲載先を監視・コントロールすることは「コンプライアンス」の問題として認識されるべき、という意見も提示されています[17]。終わりに 著作権侵害サイト運営による広告料収入が問題となっているとしても、直ちに広告主を著作権侵害者であると認定することは難しいように思われます。しかしながら、価値のある創作をした者が適切な対価を受け取れず、また、広告主自身が全く関与しないところでその社会的評価が不当に下がる事態は、決して望ましいものではありません。今回のリーチサイトの事件を契機に、日本における著作権侵害サイトと広告主との関係を巡る対策に進展があるのか、今後の動きが気になるところです。最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。師走の候、ご多忙中と存じますが、何卒ご自愛くださいませ。
尾形阿友美(RC)
---------------------------------------------------------[1] 「海賊版誘導 運営者ら逮捕 リーチサイト著作権法違反の疑い」日本経済新聞夕刊4版2017年10月31日, 14面。[2] リーチサイト・アプリに関する、現時点での政府内検討の最新情報については、文化庁「文化審議会著作権分科会 法制・基本問題小委員会(第4回)」平成29年10月20日(http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h29_04/, 2017年11月20日最終閲覧)を参照。[3] 「海賊版側から紹介料 リンクの見返り、収益源か」日本経済新聞朝刊14版2017年11月2日, 43面。[4] 文化庁「資料1 出版物の主に日本国内の海賊版の被害実態について」7頁(2013年6月24日)(http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/shuppan/h25_04/pdf/shiryo_1.pdf, 2017年11月20日最終閲覧)。[5] See Digital Citizens Alliance, Good Money Still Going Bad, 3, May 2017, http://www.digitalcitizensalliance.org/clientuploads/directory/Reports/goodstillbad.pdf, (last visited Nov. 20, 2017).[6] 山口厚『刑法 第3版』160頁(有斐閣, 2015)。[7] BBC, You Tube: UK government suspends ads amid extremism concerns, Mar. 17, 2017, http://www.bbc.com/news/uk-politics-39301712, (last visited Nov. 20, 2017).[8] 一般社団法人日本音楽著作権協会「アフィリエイト広告収入を目的とする違法音楽配信に対して新たな著作権侵害対策を実施」2012年12月3日(http://www.jasrac.or.jp/release/12/12_1.html, 2017年11月20日最終閲覧)。[9] 一般社団法人日本インタラクティブ広告協会「平成29年度の事業計画を発表」2017年6月9日(http://www.jiaa.org/release/release_policy_170609.html, 2017年11月20日最終閲覧)。[10] See European Commission, COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL AND THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE Towards a renewed consensus on the enforcement of Intellectual Property Rights: An EU Action Plan, 1, Jul 1, 2014, http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52014DC0392&from=EN(Last Visited Nov 20, 2017).[11] Id. at 7.[12] See European Commission, Commission one step closer to restricting revenues of websites that breach intellectual property rights, Oct. 25, 2016, https://ec.europa.eu/growth/content/commission-one-step-closer-restricting-revenues-websites-breach-intellectual-property-1_en, (last visited Nov. 20, 2017).[13] See IPR Enforcement – Guiding Principles[14] See City of London Police, About PIPCU, https://www.cityoflondon.police.uk/advice-and-support/fraud-and-economic-crime/pipcu/Pages/About-PIPCU.aspx, (last visited Nov. 20, 2017).[15] See City of London Police, How PIPCU operates, https://www.cityoflondon.police.uk/advice-and-support/fraud-and-economic-crime/pipcu/Pages/How-PIPCU-operates.aspx, (last visited Nov. 20, 2017).[16] See City of London Police, Operation Creative and IWL, https://www.cityoflondon.police.uk/advice-and-support/fraud-and-economic-crime/pipcu/Pages/Operation-creative.aspx, (last visited Nov. 20, 2017).[17] 南かおり「著作権保護とコンプライアンス―EU・英国における著作権侵害サイトへの広告掲載に対する取組み」NBL1096巻17頁, 21頁(2017)。