🔭コラム:商標権と公衆衛生の調和 -タバコ箱のPlain Packagingに関して-(KWON CHI HYUN)

はじめまして。韓国から来ましたKWON CHI HYUN (コンチヒョン)と申します。現在、早稲田大学法学研究科の博士課程に在籍しています。これからRCLIPのメンバーとして活動致しますので、どうぞよろしくお願い致します。非喫煙者の苦痛日本に留学してから既に4年半前になりますが、未だに慣れないのが、公共の場の何処でもタバコの煙が漂ってくることです。本が読みたいと思ってカフェに入っても、ドアを開けた瞬間、コーヒーの良い香りとタバコの嫌な臭いがして、店員さんにとても申し訳なさそうな顔をしながら、そっとドアを閉めた事が何度もあります。また、禁煙席と喫煙席が別々なファミリーレストランでさえも、(ただ座る場所を分けているだけなので)タバコの煙が禁煙席にまできて、お店を出る時には服に臭いがしみていたり酷い頭痛がしたりして嫌な思いをします。もちろん韓国も日本と同様、喫煙者は沢山いますが、日本のように、カフェなどでタバコの煙に置かされることはないので、非喫煙者にとってはこのような環境は本当に辛いことです。韓国の禁煙政策-タバコ箱韓国では、例えば、2015年1月からは、飲食店も全面的に喫煙が禁止され、既存の喫煙席(ガラス張りで作られたルーム型)さえも禁煙席になるなど、日本より禁煙政策をより強化する傾向にあります。また、禁煙政策の一環として、国民健康増進法が改正され(施行令第6条)、2015年12月からはタバコの箱に既存のタバコの有害性に関する警告フレーズに加えて、肺癌や喉頭癌などの喫煙の弊害を表す不気味なイメージの「タバコ箱の警告図」[1]が義務付けられるようになりました。この警告図は、タバコの箱の包装紙、前面、背面、それぞれの広さの30%以上、警告図及び警告フレーズを含む警告面積がタバコの箱の50%以上になるように規定されています。     

<タバコ箱の警告図が加えられた韓国の現行タバコ>[2]

タバコ箱のプレーンパッケージ韓国の「タバコ箱の警告図」規定は、2002年に法改正案が国会に提出されて以来、国会議員発議や政府提出案など、11回の改正案の末、13年ぶりにやっとの思いで成功しましたが、世界では、タバコに対するより強力な規制政策を設けている国があります。その代表国がオーストラリアです。オーストラリアでは、2012年2月から、タバコの有害性を表す健康警告表示(textual warning)と不気味な健康警告イメージ(graphic/ pictorial warning)の他に、「Tobacco Plain Packaging Act 2011」によって、文句や像、社のロゴ等、タバコ社の固有のデザイン自体を全て禁止するプレーンパッケージ(Plain Packaging)[3]が導入されています。これによって、ブランド名もすべて標準化された書体、大きさ、色でのみで表示するように義務付けられ、その位置さえも制されています。[4]さらに、タバコ製品のパッケージにおいて、健康警告的な内容がなされていない部分には、健康警告表示の影響力を引き立てながら、もっとも消費者に魅力がないと評価されたPantone 448C(暗いオリーブ色)に統一するように定められています。[5]プレーンパッケージ制度は、タバコのパッケジを他のタバコ社のものとほぼ別できないようにさせ、消費者を魅了するブランド効果を薄め、健康警告表示の存在感を拡大し、結果的に人々がタバコを吸うように誘導されないことを目指しています。[6]           <オーストラリアのPlain Packagingがなされたタバコ>[7]法的論争―商標権制限、憲法上の権利、国際通商法等Plain Packagingは、公衆の健康のための保健政策ではありますが、単純に、公衆衛生次元の話ではなく、タバコ会社の商標権等の財産権、憲法上の権利、国際通商協定の問題など、様々な論点が混在している複合的な問題と言えます。その中でも、特に問題となりますのが、公衆衛生のために憲法と国内法及び国際条約により保護される商標の使用を制限することができるのか、だと思います。ちなみに、オーストラリアでは、2012年4月、British American Tobacco,Imperial Tobacco,Philip Morris及びJapan Tobacco Internationalのタバコ多国籍企業達が、オーストラリア国内裁判所に憲法訴訟[8]を提起しています。 この訴訟で争点となったのは、ⅰ)原告のタバコ会社が持っているタバコ製品の商標及びその他の知的財産権、信用、たばこ包装における外観の決定権等が、オーストラリア連邦憲法第51条31項の「財産(Property)」に該当するのか、そして、ⅱ)「正当な条件」だけで政府が財産を「取得」することを認めているオーストラリア憲法の下で、オーストラリア政府が「正当な条件」なしに、Tobacco Plain Packaging Actに基づいてタバコ会社の商標の使用を禁止 (知的財産権を取得)させることができるのか、が問題となりました。これに対して、オーストラリアの最上級審であるHigh Courtは、2012年8月、タバコ会社の権利が剥奪されることは認めたものの、オーストラリア政府当局が自分の利益のためにタバコ会社の知的財産権を取得または使用しているわけでは無いことを理由に、Tobacco Plain Packaging Actが連邦憲法第51条31項に反しないと判示し、6:1の合憲判決を下しました。他の産業への拡大可能性この様なプレーンパッケージ規制が認められることが、他の産業、特に、健康に良くないと報告される炭酸飲料やジャンクフード等の商標権制限にまでつながるのでは、という懸念があり得ると思います。例えば、ハンバーガーの包装に、食欲がそそるようなデザインやロゴ等が入っているのでは無く、暗いオリーブ色の包装に高度肥満の子供達の写真や警告文が載せられていたらいかがでしょうか。確かに、食べたいという気持ちが無くなり、結果、健康にもつながると思います。しかし、タバコとは違って、ジャンクフード等がプレーンパッケージ化される可能性は非常に低いと思います。なぜなら、タバコは、他の有害性のある製品と区別される、受動喫煙(間接喫煙、二次喫煙ともいう)という問題を抱えているからです。日本厚生労働省科で発行する「喫煙と健康-喫煙の健康影響に関する検討会報告書」[9]では、受動喫煙によって、肺癌になるリスクは1.3倍に、また、脳卒中は1.3倍、心筋梗塞などの虚血性心疾患は1.2倍に増えることが、因果関係を推定するのに十分だと報告しています。つまり、タバコは、喫煙による本人の健康問題だけでなく、他人の健康に危害を与えるという深刻な問題をも含んでいることから、プレーンパッケージ規制のような強硬手段も論じられるのだと思われます。現在、日本はタバコ箱に「警告フレーズ」を表示するだけであり、韓国も最近になって「警告図」を取り入れたのが現状ですので、オーストラリアのようなプレーンパッケージ規制の導入が論じられることは、まだ遠い先かもしれません。おそらく、既に導入された国において、あきらかな禁煙効果が示され、公衆衛生のため、タバコ会社の商標権などの財産権が不当に制限されないこと等が慎重に検討されなければならないでしょう。しかし、冒頭の「非喫煙者の苦痛」で書いたとおり、タバコの煙に置かされると、法的根拠以前に、禁煙効果さえあるのならプレーンパッケージ化して欲しいと思ってしまうのも、正直な気持ちです。初めてのコラム、最後まで読んで頂きありがとうございます。喫煙者の方も非喫煙者の方も健康第一ですので、くれぐれもご自愛ください。--------------------------------------------------[1] これは、健康に有害なタバコについて国際社会が共同で対処しようと採択した保健分野の国際条約である「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(WHO Framework Convention on Tobacco Control:WHO FCTC)」の履行事項によって、すでに多くの国で導入されている規制である。韓国も「たばこ規制枠組み条約」の批准国(2005年5月に批准)として、条約に基づく各種のたばこ規制および禁煙政策の実施という国際法上の義務を負っている。[2] 韓国保健福祉部(한국 보건복지부)、「タバコの箱『喫煙警告図』12月23日から導入」(담뱃갑 '흡연경고 그림' 12월 23일부터 도입)、(2016.12.23) 、時間0:22の画像 https://www.youtube.com/watch?v=aVas7Cqa8zs (最終観覧日2017年10月25日)[3] Tobacco Plain Packaging Actは、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の第5条(一般的義務)、第11条(たばこ製品の包装及びラベル)及び第13条(たばこの広告、販売促進及び後援)を履行遵守した規定と考えられる。[4] See, World Health Organization, 2012 Global Progress Report, 2012, p.29-30.[5] Tobacco Plain Packaging Regulations 2011, 2.2.1(2) All outer surfaces of primary packaging and secondary packaging must be the colour known as Pantone 448C.[6] See, Tobacco Plain Packaging Act 2011, Art.3.(1) The objects of this Act are:(a) to improve public health by:(i) discouraging people from taking up smoking, or using tobacco products; and(ii) encouraging people to give up smoking, and to stop using tobacco products; and(iii) discouraging people who have given up smoking, or who have stopped using tobacco products, from relapsing; and(iv) reducing people’s exposure to smoke from tobacco products[7] Canadian Cancer Society、Plain Packaging – International Overview、2016、p3図; https://www.smokershelp.net/wp-content/uploads/2016/07/Canadian-Cancer-Society-International-Overview.pdf (最終観覧日2017年10月25日)[8] JT International SA v. Commonwealth of Australia(Case No. S409/2011); British American Tobacco Australasia Limited v. The Commonwealth(Case No.S389/ 2011).[9] 厚生労働省科、「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」、(2016.8)、第2章6節 受動喫煙による健康影響、参照;http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000135586.html (最終観覧日2017年10月25日)_         KWON CHI HYUN (コンチヒョン)(RC)

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