🔭コラム:国立大学や国立研究開発法人の商標ライセンス(富岡英次)
1 本稿のテーマをご覧になって、一度でもこのことを考え、あるいは調べたことのある方であれば、何だあの特殊な問題か、と読まれる興味を失われるのではないかと危惧するが、逆に、この問題を意識し、考えたことのない方にとっては、何について書いているのだろうと、一応読んでいただけるのではないかと思い、また、筆者が、具体的な相談等を受ける中で、この問題に関連する商標法の改正の必要性を強く感じるようになってきたため、この問題について、短く論じてみたい。2 問題は、端的には、東京大学等の国立大学やJAXA等の国立研究開発法人、あるいは公益日本相撲協会などの公益法人が、自らの事業を表示するものとして著名となっている商標を第三者にライセンスすることができないのか、ということである。「何だ、それは」という方のために、次項に一応条文を紹介しておく。3(1)商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標を列記しているが、その6号に「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、公益に関する団体であって営利を目的としないもの又は公益に関する事業であって、営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものと同一または類似の商標」が挙げられている。この規定の趣旨は、特許庁編の工業所有権法 (産業財産権法)逐条解説の当該規定の解説部分によれば、「六号の立法趣旨はここに掲げる標章を一私人に独占させることは,本号に掲げるものの権威を尊重することや国際信義の上から好ましくないという点にある。なお,本号は八号と異なり,その承諾を得た場合でも登録しないのであるから単純な人格権保護の規定ではなく,公益保護の規定として理解される」とされている。(2)他方、4条2項には、これらの国若しくは地方公共団体、公益法人等が自ら上記の6号に定められた著名な商標について商標登録出願をする場合には、上記1項6号の規定は適用しない、すなわち、自らは商標登録をすることができることを定めている。その理由として、上記特許庁の逐条解説は、「一項六号の立法趣旨がその者の権威の尊重といった意味なのであるから団体自身が使用するのならば商標登録をしても一向に差し支えないばかりか,逆 に団体が業務を行う場合には未登録のものであれ他人のその商標の使用を排除する必要があるから,商標登録を受けられるようにすることが必要だからである。」と述べている。(3)ところが、商標法30条1項及び2項の本文には、いずれも商標権者は、その商標権について専用使用権(30条1項本文)または通常使用権(31条1項本文)を許諾することができることを規定しながら、各項の但書きとして、いすれも「ただし、第四条第二項に規定する商標登録出願に係る商標権及び地域団体商標に係る商標権については、この限りでない。」と規定し、4条2項により登録した商標権について、専用使用権及び通常使用権を許諾することができないことを規定している。れは、国や地方公共団体、公益財団等の著名な標章について当該団体等のみに商標登録を許し、他の者には、これを法的に禁止しながら、国や地方公共団体等が、自由に第三者にこれらの登録商標について使用許諾をすることを認めることは、上記制度趣旨にそぐわないためであることは容易に理解することができ、網野誠 (『商標第 6 版』.831頁)、田村善之(『商標法概説 第2版』.58頁以下)等も同様に解している。4 ところが、国立大学や国立研究開発法人等は、例えば自己の著名な登録商標をTシャツ等に付して自らの施設等を訪れた観光客、見学者等に販売し、よりブランドを有効に活用したいと思っても、これらのTシャツ等を自らが販売主体となって在庫を抱えながら営業活動をすることには慣れておらず、実際にも在庫管理や経理処理が困難であり、できれば、自らがきちんとコントロールできる信頼できる民間企業に商標を使用許諾し、これに在庫をもたせて販売させることによって、自身のブランドの有効活用をしたいと考えるというケースがよくある。大学等に一定の収入も見込まれ、そのことは悪いことではないと思われるのに、法律上、これが不可能ということになる。5 そこで、これを何とかしたいということで、①自己の標章が著名となる前に商標登録出願すればよい、という提案(宮川 元「NPO法人の商標戦略 −非営利活動における商標権の役割−」「特技懇」2017.5.16. no.285 52頁以下)や、②使用許諾をして著名な標章のブランドの有効活用をしたい場合には、商標登録せず、未登録商標の使用許諾あるいは不正競争防止法上の権利(2条1項1号または2号)不行使約束をすればよいという案、果ては、③すでに有している登録商標を放棄したうえで、上記②の使用許諾または権利不行使約束をライセンシーとする、という提案まである。しかしながら、国立大学や国立研究開発法人等が使用許諾をすることを望むのは、すでに自己の標章が著名となった後であることが普通であるから、①のような提案は、現実的でないことが多い。また、②や③の方策は、商標法の明文の規定には反しないといえるかもしれないが、同法の趣旨には必ずしもそぐわない技巧的な方法という見方もあろう。登録商標を放棄した方が自己の著名ブランドを有効に活用できるという状況を現商標法立法の際に予定していたとは思われない。特に公益を理由としてその著名な標章が守られている国、地方公共団体、国立大学法人や国立研究開発法人等の主体として、このような商標法の予定していなかった方策によりブランドを活用しようとすることが、これら特殊な主体に相応しく、好ましいものとはいいにくい。それよりは、これらの主体が、ライセンシーをきちんとコントロールすることを条件または前提として、登録商標のライセンスを法的に正面から認める方が健全ではないだろうか。なお、米国のNASAは、以下のような規定を設けてNASAロゴの使用許諾を認めている。「1.NASAは、ノベルティ、記念品などの製品へNASAロゴを使用することを許可しています。しかしながら、14CFR(連邦法の規定)12211項に従い、公共サービス部門 (Public Outreach Division)のヴィジュアルアイデンティティ (Visual Identity) 担当(Phone:202/358-1750)へ申請書が提出され、許可された場合に限りそれらの製品を販売、製造することを認めます。ただし、NASAと識別できるものについて、独占的使用権を認めることはNASAの政策に反するものです。従って、この許諾は、非独占原則に基づき認められます。2.製品、サービス、活動をNASAが推奨していると解釈されうる場合、NASAはいかなる使用も許諾しません。」https://www.nasa.gov/multimedia/guidelines/index.htmlJAXAによる仮訳http://iss.jaxa.jp/help/nasa_image_guideline.html6 これに対し、平成24年度特許庁大学知財研究推進事業「大学ブランドを活用した産学連携成果の 普及に関する研究報告書 」平成25年2月 株式会社三菱化学テクノリサーチは、大学におけるブランド活用調査結果に基づき、その143頁に、「一部の大学からは商標法の改正を期待する声があがっている」としながらも、「大学内の商標管理体制、責任の所在、商標法に関する知見、商標権の保護や活用に対する意識、ライセンス契約に対する知見と意識など、改善せねばならない事案が多く存在する。」として、「このような状況の改善が進まない状態で、大学による専用使用権の設定や通常使用権の許諾などのいわゆるライセンスを認めた場合、今以上に混乱するのではないかという有識者のコメントもあった。」と述べ、「大学による、大学の基本的な登録商標のライセンスが可能になるということは、他方 で大学にも義務が発生することであるから、ライセンスを可能とする前に大学が責任を 持って商標を管理できる体制を構築する必要がある。」とし、「それまでは、大学の基本的な標章や登録商標のライセンスは避け、大学のロゴマーク などの活用に留めておくべきと考える。」と消極的な意見を述べている。なお、この報告書に記載された各大学に対する調査結果は、なかなか興味深いものがあり、商標法の上記各規定を全く知らないで登録商標をライセンスしていると思われる大学もあれば、名古屋大学のように、商標法の上記条文を指摘したうえで、著名な自己の商標は使用許諾しないと明確に回答している大学も見られる。7 上記のような大学における取扱いの未熟さ等は、商標法が現在のように国立大学等の登録商標ライセンスを許さない規定となっているため、その運用規定等の定めが不備なものに止まっているという面もあるのではないかと考える。また、国立大学中にもグッズ販売に積極的なところがあろうが、他の国立研究開発法人や、公益法人等の中には、もっと積極的にブランド活用のために登録商標のライセンスが必要であり、これを望む主体がかなりあることも推測できる。
8 以上のように考えると、現時点において、この点についての適切な商標法改正が望ましいと思われる。単純に30条1項及び31条1項の各但書きの削除を望む論者もある(時田 稔「大学の知的財産活動における特許権・ 著作権・商標権の管理と活用」パテント 2016 Vol. 69 No. 13 33頁)が、立法の形式は様々に考えられ、法については、上記削除とする場合にも、4条1項6号及び2項によって法的に手厚く保護されていることとの関係で、何らかのガイドライン程度が作成されることが望ましいと思われる。以上_ 富岡英次(RC)