🔭 たばこプレーン・パッケージのWTO紛争案件から考える商標の将来(カラペト・ホベルト)
世界貿易機関(WTO)事務局は2018年6月28日、「オーストラリア―たばこ製品及びたばこ包装に適用される商標、地理的表示及びその他のプレーン・パッケージ(簡易包装)の要件に対する一定措置」に関する4パネル(小委員会)の報告」を公表した。小委員会の意見は、オーストラリア―のPP法(たばこのパッケージを定められたプレーン・パッケージに統一する法律)を正当と認定した。
本件の紛争案件はオーストラリアのPP法のみについてのものであるが、プレーン・パッケージの一般的な話は去年のRCLIPのコラムに紹介された。
オーストラリアで始まったPP法とは、たばこのパッケージの魅力を低減させ消費者の喫煙意欲を削ぐことで、たばこ消費の抑制を狙ったものであり、ブランドロゴをはじめ一切のデザイン要素を箱から排除し、健康被害を強調する写真や警告表示を大きく掲載したり、箱の色も「茶緑色」に限定しているほか、ブランド名のフォントやサイズにいたるまでも細かく規定している。
PP法に対して、ホンジュラス、ドミニカ共和国、キューバ、インドネシアを申立国とする紛争案件(各々案件第WT/DS435/R号、第WT/DS441/R号、 第WT/DS458/R号、第WT/DS467/R号)で、この4ヶ国は、オーストラリアで2011年に成立したPP法(が、WTO協定、TRIPS協定及び工業所有権に関するパリ条約の複数の規定に違反していると訴えていた。
子委員会の報告書は、オーストラリア―の規制が「喫煙率を低下させ、公衆衛生を改善させた」と認める一方、提訴した国々の主張は根拠が不十分であると指摘した。判断するにあたって、PP法の複数の条文に対する適法性が検討された。しかし、本文では、コラムの紙幅の関係上、筆者が最も重要と考えるTRIPS協定第20条にそって簡単なコメントをしたい。
プレーン・パッケージにたばこの消費を減少させる効果があることとの因果関係があるとの証明ができれば、TRIPS協定20条による正当な使用の制限に該当するかもしれない。つまり、TRIPS協定違反にはならない。しかし、申立4ヶ国にとって、PP法はTRIPS協定に違反していると出張している。なぜかというと、申立4ヶ国の主張には、オーストラリアがプレーン・パッケージにたばこの消費を減少させる効果があることとの因果関係があるとの証明ができていないため、これがTRIPS協定20条の使用の不当な制限に該当することになるという。ご参考まで、以下に、TRIPS協定第20条の条文を引用する。
「第20条 その他の要件
商標の商業上の使用は、他の商標との併用、特殊な形式による使用又はある事業に係る商品若しくはサービスを他の事業に係る商品若しくはサービスと識別する能力を損なわせる方法による使用等特別な要件により不当に妨げられてはならない。このことは、商品又はサービスを生産する事業を特定する商標を,その事業に係る特定の商品又はサービスを識別する商標と共に、それと結び付けることなく、使用することを要件とすることを妨げるものではない。」
第20条のタイトルは「その他の要件」となる。それは、第19条の「要件としての使用」と一緒に解釈すべきと考えられる。つまり、商標の登録自体に関わるものというより、第20条は第19条に記載されている「登録を維持するため」に関連するものといえる。したがって、第20条の基本的な前提は、政府が商標使用に要件を設けることができるのは、その要件により生じる妨害が正当である場合に限る、というものである。
第20条を読むと、その規定の範囲と適用性を保証する5つもの要素が含まれているといえる。第一に、第19条の関係で、設定される要件は「使用」に関わるものである。第二に、要件は、「商業上」の「使用」で生じるということが明確に示されている。第三の要素は、「正当に(justifiably)」ということである。第四の要素は、「妨げられる」程度である。「妨げられる」とは、負荷、阻害、障害を構成する何らかのものを意味する。第五の要素として、第20条では、「特殊な形式による使用」および識別力「を損なわせる方法による使用」等でなくてはいけないということである。
どうやら、TRIPS協定を議論していたときには、商標の使用に対して余計(不当)な制限をかけることは想定されていなかったようである。少なくとも、第20条においては使用を不可能にする(又は、その使用があまりに損なわれたことで商標権者、消費者の両方が、不使用と同じ状態とみなすこと)ことは一切認めるべきではないと読めるだろう。もし、第20条において不使用になるほどの使用の制限が可能であれば、不使用取消に関する例外が設けられたはずなのに、そのような例外規定が存在しない。したがって、自然な解釈としては不使用になるほどの使用の制限は認めるべきではないということになろう。
しかし、PP法においては、一切のデザイン要素が箱から排除されるので、たばこについての図形商標の使用が不可能になる。したがって、TRIPS協定第20条に違反することになるはずなのに、小委員会においては、衛生上のことを考えるとその使用の制限は正当と認められた。筆者はその判断は誤りであると考える。
とはいえ、必ずしもいかなるプレーン・パッケージであっても第20条に違反するとは限らない。商標の使用に当たってのサイズや商標の位置に関する制限は、その程度によっては、そして、識別力を損なわせる方法によるものでなければ、可能であろう。しかし、現在のオーストラリアのPP法はその限度を超えている。現在のPP法は商標の使用を不可能にすることで、たとえば商品の正確な選択が難しくなるかも知れず、消費者への悪影響も与えらうるものであり、商標法の目的から乖離するものといえる。かりに現在のPP法はTRIPS協定を違反していないというのであれば、将来はたとえば人工乳幼児用ミルク及びその他規制対象製品のプレーン・パッケージの規制が現れてもおかしくないとことになる。
いずれにしても、現在の小委員会の意見の内容は、WTOの紛争解決手続における最終決定ではない。本稿の執筆時点では、申立国の一国(ホンジュラス)が、上級委員会への上訴をWTO事務局に通知した。これはすなわち、この報告書が、(WTOの紛争解決に係る)上級委員会によって修正される、又は覆される可能性がある。上訴の際に、商法制度の将来をかけて、もう少しバランスをとった第20条の解釈を期待するしかない。
(RC カラペト・ホベルト)