「、」と「,」(園部正人)

1 判決文の「,」

 本コラムをご覧の皆さまにはご存じの方が多いと思いますが、知的財産法関係事件の判決文の多くは、裁判所の公式ウェブサイトで参照することができます。そして、そこで提供されている判決文のPDFファイルをみますと、文章の区切りに「、」ではなく「,」が用いられていることがわかります。
 これは、昭和27年の「公用文作成の要領[1]」が、「句読点は、横書きでは「,」および「。」を用いる。」と定めていることによるものと思われます。
 裁判文書がA4判・横書き化されたのは平成13年1月1日のことですから[2]、判決文で「、」に代えて「,」が用いられるようになったのもこの時からであろうと思われます。
 昭和24年に作成された「公用文の改善」には「一定の猶予期間を定めて、なるべく広い範囲にわたって左横書きとする。」という記載[3]が既にありますが、実際に公用文で左横書きが採用された時期は省庁によっても異なるようであり[4]、特に裁判文書の横書き化には大分時間がかかったということになります[5]
 なお、判決文が横書き化されたのは既に述べたように平成13年ですが、知的財産関係事件ではそれ以前から横書きの判決文が存在したという話を聞いたことがあります。
 実際に横書き化実施の前年である平成12年の「最高裁判所民事判例集(民集)」54巻を開きますと、上告審判決はいずれも縦書きで掲載されているものの、原審・第1審判決が「横書き・逆綴じ」で掲載されている例がみられます[6]。54巻までの民集は縦書き・右綴じですから、原審・第1審の判決文を民集に掲載する際、縦書きの判決文をあえて横書きに直して逆綴じにすることは考えにくく[7]、こうした下級審の判決文は原本の段階で既に横書きであったものと思われます。
 知財関係事件以外でも部分的に裁判文書の横書き化はなされていたようで、先に紹介した千種達夫判事の論考(昭和34年)には、「マツダタイプによる裁判所の速記の反訳」は昭和34年の時点で横書き化されたという記述があり[8]、また、昭和61年の時点で一部の地方検察庁が起訴状を横書きにしていたという記述[9]も見られます。
 このように先行して横書き化された裁判関係文書で、「、」と「,」のどちらが利用されていたのか、という点も興味を引くところです。
 

2 「公用文作成の要領」の見直しに向けた動き

 このように、日々判決文を目にする私たちにとっては、ある意味でなじみ深い「,」という表記ですが、今後は変化が生じることになるかもしれません。
 本年3月12日付で文化審議会国語分科会は、「新しい『公用文作成の要領』に向けて(報告)[10]」をまとめました。その中には「句点には「。」(マル)、読点には「、」(テン)を用いることを原則とするが、横書きでは事情に応じて「,」(コンマ)を用いることもできる。」という記載があります(19頁)。これまでとは異なり、横書き文書でも「、」を用いることが原則とされており、注目されます。
 こうした報告の背景には、「公用文作成の要領」の記載にかかわらず、実際には公用文で「,」と「。」が用いられる例は限られていること[11]、市民を対象とした世論調査でも同様の結果が示されていること[12]などが背景にあるようです。
 今後、裁判所がこうした新しい方針に沿って取り扱いを変えることになれば、近い将来には「、」を使用した判決文が現れることになろうかと思います。
 

3 なぜ「,」なのか?

 ところで、なぜ公用文では「,」(及び「。」)を使うこととされたのか、という点は必ずしも明らかではないようです。
 新聞報道では、「(園部注・横書きは)多くの人にとってまったく新しい書き方だったので、英語などの句読点の表記にならったのでは」という「文化庁の担当者」のコメントが紹介されています[13]。ただ、そうであるとしても句点について「。」が使われていることは不可解です。
 「公用文作成の要領」よりも早く、昭和21年3月に作成された「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)[14]」(文部省教科書局調査課国語調査室)には、横書きの場合、「テン又はナカテンの代りに、コンマ又はセミコロンを適当に用ひる」という記載があり、一方で「横書きの漢字交りかな文では、普通には、ピリオドの代りにマルをうつ」とされていますので、これに従うと横書き文では「,」と「。」を使うことになりますが、その理由は特に示されていません。そして、「公用文作成の要領」が示された当時の担当官が執筆した記事[15]や、国語審議会総会の議事[16]でもこの点には触れられていません。
 また、日本語の横書き表記の歴史については、屋名池誠『横書き登場』(岩波新書、2003)という興味深い文献があるのですが、句読点についての記述はありません[17]
 今般の「公用文作成の要領」見直しの動きを受けて、かねてより気になっていた句読点の取扱いを調べてみようと思い立ったのですが、句読点の歴史は専門の研究者であっても扱うことが難しい問題であるということがわかり、本コラムでは限られた情報しかお示しすることができませんでした。
 

4 「、」と「,」を著作者に無断で変えたら?

 さて、ここまでは知的財産法とは直接関係のない「、」と「,」のお話をしてきましたので、最後に著作権法上の問題を少し考えてみたいと思います。
 著作権法を学んだ我々は、「句読点」というと「法政大学懸賞論文事件」を想起することになります。この事件では、著作者に無断で行われた論文の表記変更のうち、「・」から「、」への変更や、「、」の削除等について同一性保持権侵害が認められました[18]
 この事件は「、」と「,」との間の変更が問題になったものではなく、またこのような変更が実際に問題とされた事例も見当たらないのですが、仮に「、」と「,」とを著作者に無断で変更した場合に、同一性保持権侵害は成立することになるのでしょうか。
 日本語の表記としては、「、」であっても「,」であってもその意味・用法は変わらないわけですし、通常はこうした表記の差異が著作者の名誉感情や社会的評価にかかわることもないでしょうから、著作権法20条1項の「改変」にあたらない(あるいは20条2項4号が適用される)と考えることもできるのではないかと思います。
 とはいえ、著作物の性質によっては「、」と「,」の差異が意味を持つことはあるのかもしれません。
 池田弥三郎教授は「日本の句読点は、必ずしもそのまま、ピリオッドとコンマとには移せない」と述べたうえで、自身の師である折口信夫の短歌を横組みにした時の経験をもとに、「短歌の、テン、マル、一字アケ、二字分の棒線などは、決してそのまま、横にはならない、ということに気が付いたのである。不思議な、働きの違いが、テンとマル、コンマとピリオッドとの間にはあるのである」と論じています[19]
 池田教授の議論は、「、」と「,」との関係だけでなく、「縦書き」と「横書き」との関係をあわせて扱うもののようですが、短歌を含め文学にはまったく暗い私にも、池田教授の述べるところが少し理解できるような気がします。
 そうすると、著作物の種類や性質によっては、「、」と「,」を置き換えるような変更が、同一性保持権侵害と評価される場面もあるのかもしれません。なお、検討していきたいと思います。
 

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(以下、本稿で記載したURLはいずれも2021年10月25日に最終確認をしています。)
 

[2] 杉原隆治=馬場崇「裁判文書A4判横書き化の紹介と東京簡易裁判所における訴状等の書式について」判例タイムズ1042号29頁(2000)

[3] 文部時報862号33頁(1949)、48頁。引用に当たって旧字体を改めました。

[4] 文化庁『国語施策百年史』(ぎょうせい、2006)387頁以下〔氏原基余司〕

[5] 早い段階で裁判文書の横書き化を主張していた論考として、千種達夫「法律公用文の横書」判例時報192号4頁(1959)があります(句読点には触れられていません)。千種判事は第1期国語審議会委員として公用文法律用語部会に所属していましたので(https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/01/bukai06/index.html)、「公用文作成の要領」の作成にもかかわっていたものと思われます。

[6] 例えば、「黄桃事件」(最判平成12年2月29日民集54巻2号709頁)の原審(東京高判平成9年8月7日・第6民事部)判決文や、「レールデュタン事件」(最判平成12年7月11日民集54巻6号1848頁)の原審(東京高判平成10年5月28日・第18民事部)判決文は、いずれも民集に「横書き・逆綴じ」で掲載されています。民集の紙面上、これら横書きの判決文では「,」ではなく「、」が使われていることも目を引きます。一方で、「キルビー事件」(最判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁)の原審(東京高判平成9年9月10日・第13民事部)判決文は縦書きで掲載されているなど、扱いは一定していなかったようです。

[7] なお、平成13年以降(55巻以降)の民集は横書き・左綴じになっており、縦書きの原審・第1審判決を掲載するときは横書きに直して掲載しているようです(事件ごとにその旨の注記がみられます)。この場合も民集の紙面では「、」が使われており、これを「,」に置き換えることまではされなかったようです。

[8] 千種・前掲注(5)4頁。速記反訳の横書き化について東京地裁判事にアンケートをとったところ、「両論ほぼ同数で、横書き意見が一人多かった」とのことです。

[9] 山田尚勇「横書きの歴史・現状と評価」文学55巻6号25頁(1987)、29頁。出典として朝日新聞の記事が挙げられていますが、該当する記事は縮刷版で確認できませんでした。

(令和3年3月31日に開催された第20期文化審議会第2回総会(第83回)の配布資料)
 
[11] 平成24年に各府省庁等、都道府県・政令指定都市、その他の市区町村の文書担当部署に対して行われたアンケートによると、公用文作成に当たって句読点表記を「,」と「。」に統一しているという回答は全体の9.2%(各府省に限定すると17.4%)にとどまっています。
(平成24年10月30日に開催された文化審議会国語分科会(第50回)配布資料)
 
[12] 文化庁が実施した平成29年度「国語に関する世論調査」によると、横書きで文章を書くときに「,」と「。」を使うという回答は9.5%にとどまっています。
(平成30年10月5日に開催された国語課題小委員会(第22回)の配布資料)
 

[13] 朝日新聞2021年3月12日付朝刊33面

[14] https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/sanko/pdf/kugiri.pdf

[15] 塩田紀和「公用文改善政策の沿革と新しい公用文の書き方について」文部時報895号65頁(1952)

(昭和26年10月23日に開催された第1期国語審議会第12回総会の議事)
 

[17] 同書59頁には、「日本語では在来の縦書きでも句読法や段落表示は発達が遅れていたので、その歴史をたどること自体大きな仕事になる」ゆえ、横書きの句読点については重要な問題ながらも割愛せざるを得なかったという記述があります。なお、同書には横書きの歴史に関する図版が多く掲載されており、例えば145頁には昭和17年度の小学校の国定教科書(理科)の写真が掲載されているところ、その句読点には「,」と「。」が用いられています。「,」と「。」の組合せが使われるようになったのは、少なくとも第二次大戦後のことではない、ということになるのかもしれません。

[18] 東京高判平成3年12月19日判時1422号123頁(原審・東京地判平成2年11月16日無体集22巻3号702頁)。なお、本件は原告・控訴人により上告がなされましたが、最判平成4年10月6日D1-Law ID28264925により棄却されています。

[19] 池田弥三郎「たて書き よこ書き」言語5巻9号2頁(1976)、5頁


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