バンドスコア事件-著作物でない情報の利用が一般不法行為になる場合(前田哲男)

◆ バンドスコア事件高裁判決(東京高判令和6年6月19日 LEX/DB 256209339)が大きな話題になっている。

バンド音楽は、録音現場で演奏しながら作曲され、演奏前には完全な楽譜が作成されていないことが多い。そのため、演奏を耳で聞き取って楽譜に起こすことが行われている。原告は、そのようにして書き起こした多数の楽譜(バンドスコア)を販売する営業を行っている。被告は、多数のバンドスコア(被告スコア)をWeb上で無料公開し、広告料収入を得ていた。訴訟では、被告スコアは原告スコアを「模倣」したものかどうか等が主要争点となった。東京高裁判決は、模倣を肯定した上、被告の不法行為責任を肯定し、被告に損害賠償を命じた。

もちろん、バンドスコアに表現された楽曲そのものは作曲者の著作物であり、その著作権は著作権等管理事業者によって管理されている。原告も被告も、楽曲の著作権については著作権等管理事業者から許諾を受けていた。楽曲を正確に再現するために、その演奏を聴いて楽譜を書き起こす行為は、新たな著作物を創作する行為とはいえない。だから、楽譜作成者は楽曲の著作権とは別の著作権を主張することができない。そのため原告は、著作権侵害を主張せず、専ら一般不法行為の主張のみをしていた。そのため本件は知的財産専門部ではなく通常部に係属し、その控訴審も知財高裁ではなく東京高裁に係属した。

◆ 著作権法による保護の対象とならない著作物の利用が一般不法行為になるかどうかについては、北朝鮮映画事件最判(最判平23.12.8民集65巻9号3275号)が「著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しない。」と判示して以来、一般不法行為の成立を認める判決はほとんどないといわれている。

もっとも北朝鮮映画事件最判は、直接には著作権法6条により我が国の著作権法による保護を受ける対象とはされていない著作物の利用についての判断を示したものであり、同法2条1項1号の著作物の定義に該当しない情報の利用についてのものではない。6条の「著作物は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。」という表現からは、6条各号所定の著作物に該当しない著作物は、著作権法による保護の対象から意識的・明示的に除外されているといえる。このような6条についての北朝鮮映画事件最判の判断は、13条(権利の目的とならない著作物)によって保護対象から意識的・明示的に除外されている著作物の利用にもそのまま当てはまる。著作権存続期間が満了した著作物の利用についても同様といえよう[1]

2条1項1号の著作物の定義も、著作権法による保護を受ける著作物の範囲を画するものであり、その定義に当てはまらない情報には著作権及び著作者人格権の発生を認めない趣旨であるから、その点では6条・13条及び著作権存続期間を定める条文(以下「6条等」と総称する。)等と共通する。

しかし、6条等は、まさに「著作権法が規律の対象とする著作物の利用」が自由となる場合を定めているが、2条1項1号の著作物の定義に当てはまらない情報はそもそも「著作物」ではない。

また著作物の定義に当てはまるかどうかの点では、思想又は感情と表現との境界線や、創作的な表現とそうでない表現との境界線等が論点となるが、それらの境界線はあいまいでグレーゾーンが存在しているといわざるを得ない。これに対し、6条等の定めは、法律が「割り切り」をしたものであって、その決め事に従ってなるべく形式的かつ明確に判断されることが望ましい[2]

これらの点を考えると、著作物の定義に当てはまらない情報の利用の場面と、6条等によって保護対象から明示的・意識的に除外されている著作物の利用の場面とでは、第三者による利用を「自由」にしようとする著作権法立法者の意思の明確性に差があるように思われる。著作権法は、著作物の創作者の保護と他者の行動や表現の自由とのバランス(保護と自由とのバランス)をとるための法律であると考えられ、一般不法行為を広く認めることで著作権法がとっているこのバランスを崩してしまうことは許されないが、バランスを崩すことになるかどうかの判断は、上記2つの場面で必ずしも同一にはならないのではないだろうか。

北朝鮮映画最判の上記判旨が6条等により保護対象から除外されている著作物の利用についてのみならず、著作物の定義に当てはまらない情報の利用についても及ぶかどうかは一つの論点であるが[3]、仮に及ぶとしても、一般不法行為が認められる「特段の事情」の存否の判断では、著作物の定義に当てはまらない情報の利用の場面のほうがその事情を肯定しやすいといえるのではないだろうか[4]

◆(一般)不法行為が成立するというためには、「権利又は法律上保護される利益」の侵害があり、これによって「損害」が生じたことが必要である(民法709条)。著作物の定義の外延にグレーゾーンが存在しているとしても、著作権のように独占排他的に利用できる権利が準物権として発生するかどうかは、2条1項1号の解釈により決定せざるを得ない。

原告の販売するバンドスコアの1枚を撮影した写真をSNSに投稿する行為は、(楽曲の著作物について許諾が得られているのであれば)権利又は法律上保護される利益の侵害であるとはいえない。そのような行為は、当該情報の利用そのものであって、それと異なる(あるいはそれを超える)ものではなく、契約違反以外の理由でそのような行為を違法というためには、当該情報を独占排他的に利用できる権利の存在が不可欠になろう。

バンドスコアの1枚を撮影した写真をSNSに投稿する行為によりバンドスコア販売事業者の売上が減少するとは通常は考えにくいから、その行為による「損害」(いわゆる「差額説」[5]の考え方による損害)の発生も観念できない。独占排他的に利用できる権利が認められない以上、無断利用されたからといって当然に利用の対価を請求できるわけでないから、それを得られなったことをもって逸失利益が発生したと考えることはできない[6]。逆にいうと、独占排他的に利用できる権利が存在しないことを前提としつつ「損害」の発生があったというためには、原告の営業における売上が減少したり、原告の売上や活動等を維持するために対策費用を要したりしたことが必要となろう。そのような損害が生じるのは、原告と被告とが競合する営業を行っており、市場を食い合う関係にある場合が典型であるが、原告の営業を妨害する意図で原告が販売するものと同種のものを無償配付する場合など、原告の営業その他の活動等を困難ならしめる行為において認められることがあろう。

◆ およそ知的財産の対象となりそうな情報が関係しない場面であっても、営業妨害等として不法行為が成立する(法律上保護される利益の侵害が認められる)ことがあるのだから[7]、著作物の定義に当てはまらない情報を販売する営業に関してもその余地はあろう。しかし、当該情報を独占排他的に利用できる権利の存在を前提としない「損害」の発生が認めれるとしても、その損害を生じさせる行為のすべて不法行為になるのではなく[8]、「権利又は法律上保護される利益」の「侵害」がなければならないし[9]、また著作権法がとっている保護と自由とのバランスを崩すことは認められない。

どういう場合に「法律上保護される利益」の侵害と認められるのかについては、かつて不法行為の「違法性」の議論において通説とされていた「相関関係説」が参考になるのではないだろうか。相関関係説は、「被侵害利益の種類・性質と、侵害行為の態様との相関関係から」違法性を判断すべきとする考え方であり、「被侵害利益が強固なものであれば侵害行為の不法性が小さくても、加害に違法性があることになるが、被侵害利益がそれほど強固なものでない場合には、侵害行為の不法性が大きくならなければ、加害に違法性がないことになる」と説明する[10]

今日、過失を客観化する考え方が強くなったこともあって違法性を不法行為の独立の要件とはしない考え方が一般的であり、相関関係説は少なくともそのままのかたちでは維持されていないようである。しかし、相関関係説を参考としつつ、①原告(不法行為の成立を主張する者)の利益の要保護性、②それを害する被告の行為態様の不法性(悪質性と言い換えてもよいだろう)、それに③被告の行為によって原告の活動等が受ける影響の重大性・直接性も考慮要素に加えて、それらの総合考慮によって「法律上保護される利益」の侵害があったといえるかどうかが決定されるとはいえないだろうか。

相関関係説は、「刑罰法規違反」「取締法規違反」「公序良俗違反」「権利濫用」がある場合を違法性が認められる場合として挙げるが、行為の目的(特に害意の有無)[11]、行為の規模、反復継続性、計画性、執拗性、手段の異常性、公正・自由な自由競争からの逸脱性等を考慮することにより悪質性が高い行為態様と判断されることもあろう。

著作物の定義に当てはまらない情報が第三者に無断利用され、それによって原告の営業その他の活動等が困難になったとしても、その情報を独占排他的に利用できる権利が原告に認められない以上、原告の利益の要保護性が明確・強固であるとはいえない[12]。しかし、上記のような点で行為態様の悪質性が強く認められ、原告の活動等に与える影響が重大で直接的である場合には、「法律上保護される利益」の侵害があったといえる余地があるように思う。

◆ 以上のように考えると、仮に著作物の定義に当てはまらない情報の無断利用に北朝鮮映画事件最判の判旨が及ぶとしても、①当該情報を独占排他的に利用できる権利が存在しないことを前提としても差額説的な意味での損害の発生を観念でき、②被告の行為態様が悪質であると強く認められ、原告の活動等に与える影響が重大で直接的であるため、独占排他的に利用できる権利が存在しないことを前提としても「法律上保護される利益」の侵害があると評価でき、③一般不法行為の成立を認めても著作権法がとっている保護と自由とのバランスを崩すことにはならないといえる場合には、「特段の事情」を肯定できるのではないだろうか。

前田哲男(弁護士・早稲田大学客員教授) 


[1] 権利制限規定の対象となる著作物の利用についても同様といえそうだが、権利制限規定にはさまざまなものがあり、個別の検討が必要かもしれない。なお、加戸守行『著作権法逐条講義〔七訂新版〕』(著作権情報センター、2021年)は、日本法の権利制限規定について「日本の著作権法のように、どこかで線を引くとしますと、技術的な制約上、どうしても無理が出てまいります。そこから、著作権法の規定上は著作権侵害になるようなものであっても、社会的実態から見れば認めてもいいようなものがあり得ますし、逆に著作権法上は利用が可能ですけれども、著作権法の基本精神からみればどうかなと思うのもあり得ますし、それは、どこかで線を引かざるを得なかったことの当然の帰結として出てくるわけでございます。」(236頁)とし、30条(私的使用目的のための複製)について「個人的使用のためであるからといって家庭にビデオ・ライブラリーを作りテレビ番組等を録画して多数の映像パッケージを備える行為が認められるかといいますと、ベルヌ条約上許容されるケースとしての「著作物の通常の利用を妨げず、かつ、著作者の正当な利益を不当に害しないこと」 という条件を充足しているとは到底いえないという問題が出てまいりましょう。本条の立法趣旨が閉鎖的な範囲内の零細な利用を認めることにあることからすれば、度を過ぎた行為は本条の許容する限りではないと厳格に解すべきであります。」(237頁)としている。

[2] 前田哲男「著作権侵害の判断に影響し得る諸事情について」三村量一先生古稀記念論集 『切り拓く 知財法の未来』546頁(日本評論社、2024年)。法律の定めはすべて「決め事」ではあるが、形式的判断が求められるものとそうでないものとがある。

[3] 上野達弘「民法不法行為による不正競争の補完性-『知的財産法と不法行為法』をめぐる議論の到達点-」別冊パテント29 号(2023年)37頁は、「同判決は、少なくとも形式的には、あくまで「著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物」という極めて稀な場合(例:北朝鮮の著作物)について判示したものに過ぎないと言うべきである。」「当該フレーズ(引用注:「同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」というフレーズ)は、あくまで「著作物の利用」について論じたものであり、「著作物」でないものの利用については、その射程外と言うべきであろう」とする。

[4] バンドスコア事件高裁判決は、「バンドスコアは、著作権法6条各号所定の同法による保護を受ける著作物に該当しない。著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定と解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象にはならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年判決)。したがって、他人が制作したバンドスコアを利用してバンドスコアを制作し販売等(インターネット上に無料で公開し広告料収入を得る行為を含む。以下同じ。)をする行為について不法行為が成立するためには、当該行為について著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情が認められることが必要であると解される。」と判示している(下線は筆者)。

バンドスコアが著作権法による保護を受けないのは、バンドスコアは(それに表現された音楽の著作物とは異なる)著作物ではない(2条1項1号の著作物の定義に該当しない)からであって、「6条各号所定の著作物」に該当しないからではない。もし本件のバンドスコアが著作物であるなら、おそらく6条各号所定の著作物に該当するであろう。高裁判決の上記判示では、2条1項1号の著作物の定義に該当しないがゆえに著作権法による保護を受けない情報の利用の問題と、6条により著作権法による保護対象から除外されている著作物の利用の問題とが混同されているように思われる。

[5] 侵害行為がなかったと仮定した場合に想定される被害者の財産状態と、現実の財産状態との差額を「損害」と捉える考え方。

[6] 土地所有者が自ら所有していることすら失念している荒れ地があり、その荒れ地に第三者が勝手にドライブインを建てて営業して収益を上げたとする。この場合、第三者の行為によって土地所有者の収入が減少しているわけではないから、差額説を徹底させると損害はないことになりそうである。しかし、土地所有者は、不法占拠者に対して賃料相当損害金は請求できるであろう。それは土地所有者がその土地を独占排他的に利用できる所有権を有しているからである。土地所有者は、当該土地が利用された以上、賃料相当損害金を得られるはずなのに、現実にはそれを得られていないから、その意味での「損害」を被っているといえるが、このような損害を観念するためには、その土地を独占排他的に利用できる権利の存在が前提となる。なお商標権も指定商品等に登録商標を商標として使用できる独占排他権であるが、特許権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではなく、それを使用することが第三者の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も発生しないとされている(最判平成9年3月11日民集51巻3号1055号〔小僧寿し事件最判〕)。

[7] 例えば、先行者の店舗に入ろうとするその常連客を店舗前で呼び止めて後発の自らの店舗に誘導する行為は、単発的な行為であれば先行者の「法律上保護される利益」の侵害とは直ちにはいえないだろうが、そのような声かけ要員を大量に雇用し、先行者の店舗の営業時間中にわたりその行為を長期間継続的に行えば、営業妨害として「法律上保護される利益」の侵害になり得るのではないだろうか。

[8] ある新規ビジネスが人気を集めたとき、その新たな市場に参入するのは当然自由である。新規参入者は、先行者が開拓した新たな市場で利益を得ようとするのだし、その際に先行者のビジネスモデルを用いたり、それを参考にしたりするだろうから、一種のフリーライドをしているかもしれないが、だからといって新規参入が先行者の「法律上保護される利益」の侵害になるわけではない。

[9] 独占排他的に利用できる権利が存在しない以上、第三者による利用は「権利」の侵害はなく、「法律上保護される利益」の侵害の有無の問題となろう。なお北朝鮮映画事件最判は「法的に保護された利益」という表現を用いているところ、それが民法709条の「法律上保護される利益」と同一の概念なのかどうかは必ずしも明らかではない。同最判は「権利又は法律上保護される利益」をまとめて「法的に保護された利益」と表現したのかもしれない。

[10] 加藤一郎『不法行為〔増補版〕』(有斐閣、1974年)106頁。

[11] 窪田充見『不法行為法 民法を学ぶ 第2版』(有斐閣、2018年)91頁は、「相関関係理論は,あくまで客観的な態様としての違法性を判断するための基準であり,しばしば誤解されるところであるが,主観的な要件との相関で責任を決定するという立場ではない。すなわち,故意であれば軽微な結果でも責任が成立し,過失であればより重大な結果を必要とするといった内容を含むものではない。なぜなら,相関関係理論が同時に前提としているのは,主観的要件としての有責性と客観的要件としての違法性の峻別であり,相関関係理論は,違法性を判断する手法にすぎないからである。」とする。もっとも「法律上保護される利益」の「侵害」を肯定できるかどうかの判断においては、主観的要件と客観的要件とを峻別する必要はなく、行為の目的(害意の有無)等は考慮要素になるべきであろう。

[12] 要保護性の点は、原告がその活動等に投じる資金・費用や労力・時間の多寡、それに必要とする技能・経験等の高度性、原告の活動等の脆弱性等によって異なってくるだろう。


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