特許侵害訴訟における専門的知見の活用について(服部誠)

 2017年以降、最高裁判所、法務省、特許庁、日弁連及び弁護士知財ネットが共催する国際知財司法シンポジウム(JSIP)が毎年開催されている。

 本シンポジウム(JSIP)は、日本の知的財産権関係訴訟に関する制度や運営の実情について、国内外に発信するとともに、諸外国からも、その国の実務家を通じて同様の情報を直接得られる貴重な機会として、毎回、海外から(欧米各国とアジア諸国へ、交互に参加を呼びかけている)ゲストを招致して実施されている。JSIPのプログラムは、裁判所パートと特許庁パートの二部構成となっており、裁判所が主体的に運営する裁判所パートでは、同一の事例を使用して、日本を含む参加国が模擬裁判を実施するのが恒例である。

 2024年の裁判所パートのテーマは、「クレーム解釈と進歩性の判断」であり、UPC(Unified Patent Court)、米国、イギリスが参加して、模擬裁判等が行われた。事案の内容がやや原告に有利だったこともあり、各国いずれのフォーラムにおいても、充足且つ特許有効との判断であった。もっとも、結論に至るまでの論理構成や審理のあり方は、国ごとの独自性が感じられ、興味深いものであった。

幸いにも、私は、これまでに4回(2018年、2019年、2021年、2024年)、日本チームの模擬裁判の代理人役を務めさせて頂く機会をいただいたため、そこで感じたことをここに述べてみたい。

 本年を含め、これまでの経験の中で感じる日本チームの模擬裁判の特徴として、裁判所調査官と専門委員が裁判期日に参加することがあげられる。

 すなわち、日本チームのシナリオでは、裁判所調査官と専門委員が審理に加わり、当事者代理人に対して技術的な事項について質疑を行うことで、裁判官が技術常識について理解を深める工夫がなされている。他の参加国は、米国やイギリスのように技術専門家を鑑定人としてアドホックに採用したり、ドイツやUPCのように裁判合議体に技術系裁判官が構成員として加わること等により、裁判体が技術的な争点に関する審理判断に必要な技術的知見を得ることが行われており、日本のような、調査官制度や専門委員制度は存在しないのではないかと思われる。

  裁判所調査官は、特許庁審判官や弁理士等から構成されており、ほぼすべての特許関係訴訟において、審理の初めから事件に関与し、必要な調査等を行うことにより、裁判官に専門的知見を提供している。

 専門委員制度は、知的財産権訴訟など、専門的、技術的な事項が争点となる訴訟(専門訴訟)において、一層充実した審理判断を実現するために、2003年の民事訴訟法の一部改正により新設された制度である。裁判所調査官と異なり、多数の候補者の中から事件毎にアドホックに選任される専門委員は、争点整理等の手続(主に技術説明会)において、裁判官や当事者に対して、「公平、中立なアドバイザーとしての立場」から、当該事件において争点となっている専門的技術について説明等を行うことが期待されている。

 調査官制度も専門委員制度も、日本の特許侵害訴訟の実務に浸透しており、適正かつ迅速な審理判断にとって欠くことのできない制度だと言えよう。

  ただ、一方で、裁判所調査官は、どのように裁判所の心証形成に影響を与えているのか不透明である、専門委員は、発言内容が証拠に採用されるわけではなく、また専門委員に対する尋問が予定されていないことから、その位置づけが不明確である、そこで、当事者が尋問可能な鑑定を実施すべきである、といった意見も存在する。

  確かに、諸外国において、技術的な事項が争点となっている事件につき、鑑定人が選任され、当事者が鑑定人に対して様々な角度から尋問を行い、その鑑定意見の信用性が定まっていくのは、より適格な審理判断に資すると思われるし、当該手続を実施することで判決に対する当事者の納得感も一定程度高まるように思われる。日本の実務家としては、そのような実務がほぼまったく行われていないのは、やや寂しく感じるところであり、日本の民事訴訟法に制度自体は存在する以上、訴訟当事者としては、事案に応じて、専門委員制度ではなく、鑑定制度を積極的に活用することを裁判所に促すことがあってもよいように思われる。専門委員制度が導入された背景には、鑑定人の選任が困難であること、鑑定人は機動性に欠けること、鑑定費用が嵩むことから、鑑定が従前余り用いられていなかった事実がある。しかし、鑑定人を選任することが真実発見のために適切であり、かつ、訴訟関係者の努力により鑑定人候補を探し出すことができた場合で、費用が嵩むことも許容しうるような事件においては、鑑定を実施しないこととする理由はないであろう。

 制度ユーザーから見たとき、事案に応じて利用可能な様々な制度が実務上用意されていることは、1つの大きな魅力になるのではないか。

 国際知財司法シンポジウム(JSIP)に参加させていただいて、上記のような感想を抱いた次第である。


弁護士 服部誠

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