室内内装の写真壁紙問題に揺れたドイツ著作権法(志賀典之)
1.2024年9月11日のドイツ連邦通常裁判所(BGH、ドイツ最高裁)の〔Coffeeの写真壁紙〕判決[1]は、過去数年にわたり下級審で判断が分かれ、ドイツ著作権法学のみならず一般世論をも騒がせた論争に決着をもたらした[2]。
この論争は、日本メディアではこれまでのところ、ほとんど紹介されていないように思われるが、「著作権の正当化の危機の象徴」[3]などと形容する論者も現れる程度のインパクトをもたらし、日本法の権利制限をめぐる議論にも有益な示唆をもたらす可能性もあるかと思われるため、ここに簡単な紹介を試みたい。
2.問題となったのは、店舗やホテル、賃貸物件の室内に貼られたフォトウォールペーパー、すなわち、著作権等[4]が存する写真を素材とする壁紙(以下、「写真壁紙」という)であった。レストラン等店舗・ホテル・別荘所有者などの経営者が、その所有又は管理する店舗・客室等の室内内装を撮影すると、写真壁紙も写り込むこととなる。そして、こういった小規模事業経営者が、自社ホームページや各種プラットフォーム上に、広告等を目的として、店舗・客室・賃貸物件等の内装写真をアップロードすることもよく行われている。これに対して、壁紙の素材として写真を提供した著作(権)者が、このようなネット上への無断アップロードは認めておらず、著作権を侵害すると主張し、著作権法に基づき警告を送付し、多数の訴訟を提起し始めたのであった。
学説でも、このような著作権行使は認めるべきではないと広く解されていたようであり、多くの下級審も、後に紹介する物議を醸した2件のケルン地裁判決を除いて、原告請求を様々な理由で棄却した[5]。単純使用権(31条)の黙示的許与がなされたとするもの、黙示的同意があったとするもの(最高裁もCoffee事件判決で採用)、矛盾的行動の禁止(ドイツ民法242条)などである。
3.なお、著作権制限規定は有効な選択肢とはならないのか?という問いが生じるかもしれない[6]。
確かに、ドイツ法で1965年の立法当時から存在する著作権制限規定である著作権法57条「重要でない付随物」(「非本質的付随物」などの訳も)は、日本法でまさに「写り込み」に関する付随対象著作物の利用を定める30条の2の立法時にも参照され[7]、比較的よく知られている[8]。
「ドイツ著作権法57条 重要でない付随物(Unwesentliches Beiwerk; incidental works[9])
著作物を複製し、頒布し、又は公衆に再生することは、その著作物が、複製、頒布又は公衆への再生の本来の対象と比べて重要でない付随物とみなされ得るときは、許される」[10]
しかし、2014年のドイツ最高裁の家具カタログ事件判決[11]が、著作権法57条の「重要でない」の解釈について、制限規定の厳格解釈を要請する欧州司法裁判所判決[12]を参照しつつ示した次のような基準により、同条の適用範囲はかなり狭く解釈されるに至っている。
① 当該著作物が、平均的観察者が気づかないまま、又は、主たる対象の全体的効果に一切影響を与えずに省略又は置換可能である場合、また、
② 主たる対象と何ら内容的な関連性がなく、偶然性及び恣意性により主たる対象にとって何らの意義ももたない場合に、「重要ではない」と解される。
部屋の一面に貼られた写真壁紙は、多くの場合、閲覧者の注意を惹き、部屋の印象を特徴づけることが多く、これらの要件を充たす可能性は低い[13]。壁紙に関する多くの訴訟の下級審判決でも、57条の適用は家具カタログ最高裁判決に照らして否定された。
4.このような状況下で、ケルン地方裁判所が2022年8月18日判決[14]において、原告請求を認容し、被告である貸別荘のオーナーに差止、損害賠償等を命じたため、一般世論も含めて衝撃を与えた。
係争物はチューリップの花が数輪写っている写真をもとにした壁紙[15]であり、被告は2013年に壁紙を購入し、賃貸用別荘の室内に貼った。被告はその部屋の写真を撮影し(画像の大部分を写真壁紙が占めている)、自身のウェブサイトと複数の予約ポータルにアップロードしたところ、地裁は、購入した壁紙の使用は写真の複製や公衆提供を必要とするものではないから、ライセンスの黙示的許与がされたとは認められないとし、さらに、57条の適用を前記家具カタログ最高裁判例の示した基準を当てはめることにより否定し、著作権侵害を肯定した。
5.一方、冒頭に紹介したCoffee事件[16]は、同様の事実関係のもとで、最高裁まで争われ、侵害否定の決着を迎えた。
原告Xは、写真家Aが代表を務めるフォトエージェンシーであり、被告YはWebデザイナーの女性であった。問題となったのはAが撮影し、原告がライセンスを受けて販売していたコーヒーの写真の壁紙であった。この写真壁紙は、Yの夫の経営するレストランの店舗内装壁紙として貼られていた。Yはこの写真壁紙を含めて撮影された店舗の内装写真を含む夫のレストランのホームページのスクリーンショットを、Y自身の事業用サイトで、「関与したプロジェクトの一例」として掲載していたところ、Xが警告し、訴訟に至ったというものであった。第一審デッセルドルフ区裁判所及び控訴審デュッセルドルフ地裁は原告請求・控訴を棄却し、Xが上告した。
Coffee事件最高裁判決が、Xの著作権侵害を否定し上告を棄却したことにより、一連の騒動はひとまず終息を見せたといえるだろう。最高裁は、著作権法57条の適否の判断を要さず未回答としたうえで、「黙示的同意〔承諾〕」の成立を認め侵害を否定した。
この判断は、2010年6月29日の最高裁サムネイル第1事件判決[17]を維持したものである。同判決は、原告が自らインターネット上にアップロードした写真がGoogleによりクロールされ、イメージ検索機能でサムネイルの生成と送信が行われたことについて著作権侵害を主張した事例であるが、最高裁は、何らの技術的予防措置をも付さずに自らインターネット上にアップロードしたことをもって、「黙示的同意」の成立を認め、原告主張を退けた。フェアユース型の包括的な制限規定のないドイツ著作権法において、この黙示的同意を「インターネットにおける万能兵器」と形容する論考も見られる[18]。
Coffee事件で最高裁は、行為の違法性を排除するこの「黙示的同意」を、特定事例に限定されない「一般的法原則」と発展的に解し(段落20)、写真家が撮影した写真を、特に権利留保や著作権表示なしに、制限を付さず写真壁紙として配布する場合、当該事情のもとで通常想定されるすべての利用行為に対する黙示的同意が成立すると述べた(要旨2)。
そして、「当該事情のもとで通常想定される写真壁紙の利用」には、部屋の権利者自身及び部屋の権利者から委託された役務提供者(本件のようなウェブサイト制作者や部屋の販売・賃貸を委託された不動産業者など)による、写真壁紙を設置した部屋の写真撮影による複製並びに当該写真のインターネット公開が含まれるとした。また、写真壁紙として販売される写真に、写真家が著作者表示を付していないという事実は、通常、ドイツ著作権法13条後段に規定された氏名表示権の放棄とみなされるとも判示している(要旨5)。
6.この判決については、「黙示的同意」の射程を含め、今後も少なからず議論が予想されると思われる。とりわけ、応用美術について、ドイツ最高裁が2013年のバースデートレイン判決[19]において段階理論の放棄を宣言したことは日本でも大いに注目を集めたが、ドイツではそれ以後、応用美術の写り込みに伴うリスクが増大したともいえ、その対応策として、この黙示的同意が果たす役割への期待も高まるかもしれない。日本では30条の2成立以後は注目を集める機会も少なくなっていた観のあるドイツ著作権法57条や写り込みの問題圏であるが、このような近時の動向に着目すると、再訪の価値は十分に存するように思われる[20]。
[1] BGH, Urt. v. 11.9.2024 – I ZR 140/23; GRUR 2024, 1528 - Coffee; NJW 2025 736.
[2] 一般メディアによる紹介としては、とりわけSPIEGEL Netzweltの“Achtung, das Bild einer Fototapete im Hintergrund kann teuer werden”(2023年2月24日記事。「注意:背景の写真壁紙の画像は高額になる可能性あり」)、同「Bundesgerichtshof erteilt Fototapeten-Klagen eine Absage」(2024年9月11日記事。「連邦通常裁判所、写真壁紙の訴えを斥ける」)がある(本記事掲載のインターネット上の資料は、以下含めていずれも2025年3月8日最終アクセス)。
[3] Kraul/Vetter: Eine Fototapete als Sinnbild für die Legitimationskrise des Urheberrechts(ZUM-RD 2023, 318)〔著作権の正当化危機の象徴としての写真壁紙〕。また、Stieper ZUM 2024, 661, (663).
[4] ドイツ著作権法においては、創作性のない写真にも著作隣接権が成立し、原則として写真発行後50年間存続する(ドイツ著作権法72条)。このことが、日本法が写真について東京地判平11・10・27―雪月花事件などで採りえた「表現上の本質的特徴の直接感得論」による権利侵害の否定をも困難にし、それだけにドイツで一層この問題が深刻化したのかもしれない。なお、Schack: Fototapeten und Urheberrecht (GRUR 2024, 1698 (1699))は、Coffee事件最高裁判決が著作権・著作隣接権のどちらを前提としていたのか明らかでないことを指摘している。
[5] Schack, GRUR 2024, 1698 (1698).
[6] なお、このような事例においても立法論的解決としてオールマイティーに期待されがちな米国法107条フェアユースのような権利制限の一般条項が果たして有効に機能しうるかについて、Kraul/Vetter, ZUM-RD 2023, 318, 320は、商業目的が存在し、トランスフォーマティヴ的利用でもないことから、懐疑的な見解を示していることは興味深い。
[7]「文化審議会著作権分科会報告書」(平成23年)45頁など。
[8] これを解説した論説として、斉藤博「著作権の制限又は例外に関する一考察(その1)」「同(その2) (完) 」知財管理55巻9号1193頁・10号1355頁(2005年)がある。
[9] ドイツ司法省HP掲載のU.Rausch氏による英訳(https://www.gesetze-im-internet.de/englisch_urhg/englisch_urhg.html.)。
[10] 本山雅弘訳「外国著作権法・ドイツ編」(著作権情報センターHP)
[11] BGH, Urt. v. 17.11.2014 – I ZR 177/13 (OLG Köln); GRUR 2015, 667-Möbelkatalog
[12] Case C-5/08 - Infopaq/DDF. Para.56.
[13] Schack, GRUR 2024 1698 (1699).
[14] LG Köln 14 O 350/21, ZUM-RD 2023, 312. さらに、Schack, GRUR 2024, によれば、ケルン地裁は、2024年4月18日判決(LG Köln ZUM-RD 2024, 472 – Graphite Stonewall.)においても原告請求を認容し、Coffee事件最高裁判決までに、報じられているだけで2件の侵害判断を示したことになる。
[15] 当該写真壁紙についてはNRW Online所収の同判決のデータなどを参照。
[16] 当該写真壁紙については連邦通常裁判所HP掲載の同判決3頁を参照。
[17] BGHZ 185, 291 = GRUR 2010, – Vorschaubilder I. 同判決については、潮海久雄「インターネットにおける著作権の個別制限規定(引用規定)の解釈と一般的制限規定(フェアユース)の導入について-ドイツのGoogle サムネイル連邦最高裁判決を中心に」筑波法政50号11頁(2011)、マティアス・ライストナ―(小川明子=志賀典之訳)「Googleイメージ検索に関するドイツ連邦通常裁判所判決 : 欧州の例外・制限規定に対するアプローチの「限界」を示す一例として」知財法政策学研究36巻57頁(2011)がある。
[18] Spindler, GRUR 2010, 785, 789.
[19] BGH, Urt. v. 13. 11. 2013 – I ZR 143/12; BGHZ 199, 52; GRUR 2014, 175 -Geburtstagszug; NJW 2014, 469.
[20] 論説形式により、拙稿を今年度前期には別媒体により公表予定。